« (68) 今年のチベットのお正月 | トップページ | (69) 「最終目標は天皇の処刑」の反響 »

2012年4月26日 (木)

中国の下心は「天皇の処刑」

尖閣、沖縄に食指をのばした中国は、在日華僑に日本国籍取得を勧めはじめた。細胞増殖に着手した中国の「日本乗っ取り計画」の青写真とは──。

 

 

 中国の覇権主義はいまや世界の脅威となっています。最近は、海洋における覇権を確立しょうと、南シナ海の南沙諸島や西沙諸島の領有を主張して、 関係各国と緊張が高まっています。

 日本も尖閣をはじめとする島嶼、そして沖縄までこうした中国の軍事的脅威にさらされています。今でこそ中国は海洋国家に脱皮すべく海軍力を増強していますが、本来中国は大陸国家であり中央アジアにその矛先を向けていました。私の祖国・チベットを狙ったのは、 地政学的に中国が南アジアや南西アジアに進出するために重要な拠点だったことと、 豊富な地下資源と水資源を獲得するためでした。地政学上の重要さや、 海底資源・地下資源の豊富さで日本はチベットと酷似しています。

「始めは処女の如く、後には脱兎の如し」という兵法がありますが、中国のチベット侵攻はまさにそれでした。 一九五一年、 チベット代表団に偽造した国 璽を捺印させて締結した「一七カ条協定」で〈(チベット人の)宗教信仰自由の政策を実行して〈チベットに進駐する人民解放軍は、人民の針一本、糸一本といえども取らない〉と謳いました。しかし中国によって僧侶は虐殺され、僧院は破壊され、人民裁判が行われ、七九年までにチベット人百二十万人が犠牲になりました。

 ひるがえって日本外交は「自分が約束を守れば、相手も守るはずだ」という能天気ぶりです。これも国際法の盲点を突く研究に余念のない中国には、世迷言でしかないでしょう。

 そして今、沖縄です。

中国のデモでは「琉球を返せ」というスローガンが叫ばれ、「中国は琉球に対する権利がある」という論文も出てきています。学者の論文も中国当局の管理下にあります。ちなみに中国は琉球と呼び、沖縄とは言いません。

 たしかに琉球処分で日本になるまで、琉球王国は明・清に朝貢する冊封関係にありました。一部の沖縄県民は、仲井員弘多知事もそうですが、中国大陸にルーツを持つことを誇りとし、中国に親近感を感じているようです。 

 中国がこれを見逃すはずはありません。沖縄の県民感情に働きかけて、揺さぶりをかけています。

 沖縄ではすでに中国の総領事館を作って二百万人の観光客を中国から呼び込もうとすることが既定路線になっています。すでに中国は、観光客が沖縄と往来できる三年有効の数次ピザの特権も獲得しています。私が沖縄で会った多くの地方議員や商工会議所など政財界は、これが地元の経済振興になると前向きでした。

 でも、それは甘い。

 わが半生を振り返れば、チベットに生まれ、六歳でインドに亡命、十二歳で来日した後は、師に恵まれ多くの日本人に支えられてきました。そして二〇〇五年、私は日本国籍を取得しました。

 最新刊の『最終目標は天皇の処刑』(飛鳥新社)は、中国によって祖国を奪われた者として、また日本をこよなく愛する者としての視座から著したものです。

 

 中国の底意

 

 中国の脅威を繰り返し訴え続けてきた私は、引き寄せられるように『中国共産党・日本解放第二期工作要綱』(以下、要綱)という文書に出会いました。

 この要綱は、故・西内雅教授(中央学院大学)が、アジア歴訪の際に入手したもので、「国民新聞」で報じられたのは今から四十年前の一九七二年八月五日です。同報道の前月に田中角栄内閣が成立し、日中国交正常化がなされます。要綱の指す第二期は田中内閣成立以後をいい、それ以前を一期としています。

 この要綱では、中国共産党の日本解放工作組の目標は、〈第一期・我が国との国交正常化、第二期・民主連合政府の形成、第三期・日本人民民主共和国の樹立─天皇を戦犯の首魁として処刑〉とあります。

 私は、彼らが最終標的としている天皇陛下と皇室こそ、日本の背骨であり、護るべき砦だと思っています。

 天皇陛下は、天照大神まで遡る祖先神をお祀りする皇室祭祀の主宰者です。いつもは皇室を意識することが少なくなった国民にとって、国父・国母たる天皇皇后両陛下を強く再認識したのが、国難ともいうべき昨年の東日本大震災でした。天皇陛下は、「平成の玉音放送」といわれるビデオメッセージを通して、被災者の避難生活を案じ、救援・支援に当たった内外の関係者の労をねぎらい「皆が相携えていたわりあって、この不幸な時期を乗り越えることを衷心より願っています」と語りかけられました。

 その後、両陛下は、三月から九月まで被災地・被災者を見舞われ、自衛隊のヘリで一日に最大四カ所を回られる強行軍をこなされながら、津波にさらわれた御霊が眠る三陸の海に向かって祈りをささげられました。天皇皇后両陛下と国民が、理屈を超えた太い絆で結ばれていることが全身で感じられた瞬間でした。

 私は、ダライ・ラマ法王に十五年間、お仕えしてきた経験から、国父・国母たる方の毎日を、それなりに拝察することができます。法王は、ご母堂様が危篤の報を受けた時も、滞りなく予定をこなされました。公人として生を享け、帝王学を修められた立場にあっては国事を第一義とし、国家と国民が心から離れることはないのです。

 昨年十一月中旬、ブータン国王ご夫妻が来日されました。私が通訳をしながら目にした国王ご夫妻は、明治神宮や京都・三十三間堂、金閣寺などを訪れながら、常に祈っていらっしゃいました。祈りは、両国民の安寧と両国家の発展、皇室・王室の安寧の順でなされ、最後に「私たちが元気でまたこの地を訪れることができるように」と締めくくられていました。天皇陛下もしばしば「祈ります」とおっしゃいますが、その一言に、目に見えない大きな力を信じて、国家・国民の繁栄と安寧を願われるお気持ちが拝察されます。

 

開かれた皇室は「のぞき趣味」

 

 昨今、マスコミでは「開かれた皇室」なる言葉が独りきしています。私はこの風潮に、「のぞき趣味」に近い嫌悪感を覚えます。東宮報道も、スクープ合戦は慎むべきでしょう。とりわけ天皇陛下は、天と地、神と人間を結ばれる祭祀長の立場ですから、多少、聖域の部分があっていいように思います。

 また、現在の宮内庁長官や侍従長は、もとは他省庁の幹部職貝です。以前は、侍従長などは徳川家や大名家・華族出身で幼少のころから皇族と接してこられた方々が任命されていました。役人は、その職にある聞に失敗しないことに意識が向きがちです。これも皇室への愛着や尊崇の念、忠誠心を薄めているのではないでしょうか。

 羽毛田信吾宮内庁長官は、自身が女系天皇容認論者であるためか、三笠宮寛仁親王が『文藝春秋』等に男系維持を希望する旨の発言をされた際に、発言の自粛を求めています。これは言論封殺に近いものであり、お側に仕える者の姿勢が問われます。

 さらに皇室報道では、意図的に敬語を減らして無用な平等化を志向しているように見受けられます。それが「社会の木鐸」を標榜する新聞のすることでしょうか。表向き中立を装いながら、その実、皇室への畏敬の念を減殺する方向に誘導することは愚かで卑劣です。

 かつ政権時に、「みて自民党んなで選挙に行こう」という運動がありました。自分が左翼政党を支持しているのなら、旗轍鮮明にしてその政党に入って選挙運動をすればいいのです。

 これは自分の手は汚さずに間接的に誘導しようという企みです。マスコミは、これに類似するサプリミナル効果を生むような卑怯な手法は慎むべきでしょう。一国民として私が思うのは、日本が第一にすべきは、天皇陛下を中心とした国体について、学校教育で次世代に正しく伝えることではないでしょうか。

 

日本国籍取得をすすめる

 

 ここで、先述の要綱の一部をご紹介します。

 要綱によれば、工作員の人数は二千人で組織し、公的身分は、大使館員・新華社社員・各紙特派員・中国銀行員・各種国営企業代表又は派遣員、教員などとしています。彼らは、中国共産党が派遣した「日本解放」を目指す工作員だということです。

 さて、工作の冒頭に群集掌握の「心理戦」を挙げています。その目的は、

〈全日本人に中国への好感、親近感を抱かせ……我が党、我が国(中共)への警戒心を捨て去らせることにある〉〈中国の展覧会、公演、各種スポーツ団の派遣を行う。第一歩は、日本人大衆がシナ大陸に持っている「文を重んじ、平和を愛する民族の国」というイメージをかきたてることである〉

 とあります。つまり文化交流を通して、友好ムードを盛り上げる戦略です。

 ちなみに要綱では、自国を中共やシナと書いています。しかし、国交回復時、当時、日本で一般的だった中共という言葉を使うたびに、彼らは中国に改めよと執拗に抗議を繰り返しました。これは、中国の正統性は、それまで日本と国交のあった中華民国(台湾)ではなく我々にある、と誇示し認めさせるためでした。

 一方で、要綱では、マスコミ工作によって「世論を作り上げる」としています。

〈日本の保守反動政府を幾重にも包囲して、我が固との国交正常化への道へと追い込んだのは、日本のマスコミではない。日本のマスコミを支配下に置いた我が党の鉄の意志とたゆまざる不断の工作とが、これを生んだのである。日本の保守反動の元凶たちに、彼等自身を埋葬する墓穴を、彼等自らの手で掘らせたのは、第一期工作員である。田中内閣成立以降の工作組の組員もまた、この輝かしい成果を継承して、更にこれを拡大して、日本解放の勝利を勝ち取らなければならない〉

 と自賛しながら工作員を鼓舞しています。工作対象は、新聞・雑誌・テレビ・ラジオ・出版に分けられ、〈個の尊重、旧道徳からの解放、本能の解放、国家権力の排除、反戦、不戦、米帝との提携排除〉

 を目指すように指示しています。

 また、工作は極右・極左団体や在日華僑にもおよび、

〈在日中国人は、現在の思想、言動を問わず、本質的には資産階級、小資産階級に属する階級の敵であって、無産階級も同志ではない。しかし、日本人民共和国成立以前においては、彼等を「階級の敵」と規定してはならず、統一戦線工作における「利用すべき敵」に属するものとして規定し、利用し尽くさなければならない〉

 と記しています。

 彼ら在日華僑の第三国への逃亡防止、青少年の取り込みとともに、国籍の取得まで細かな指示を出しています。この国籍取得に関しては、当時は在日華僑の中国国籍取得に誘導していましたが、今は逆に日本国籍取得に誘導しています。昨年の統一地方選挙にも彼らが数多く出馬したと言われていますが、日本の地方議会に参加させ、内部から混乱させようと画策しています。

 

議員への工作

 

 政界工作では、議員を個別に掌握し、工作対象はその家族や支援者に及んでいます。

〈金 銭、権力、名声等、欲するものを与え、必要があれば中傷、離問、脅迫、秘している私事の暴露等、いかなる手段を使用してもよい。敵国の無血占領が、この一 事に懸っていることを思い、いかなる困難、醜悪なる手段も厭うてはならず、神聖なる任務の遂行として、やり抜かなければならない〉

とあります。

 議員や秘書の招待旅行を行い、

〈必要なる者に対して、圏内で「C H・工作」を極秘裏に行う〉

 とありますが、これはハニー・トラップなどを指すのでしょうか。また、自民党をはじめ政党ごとに、内部の派閥対立が激化するように十分な政治資金を与えながら工作するとしています。

〈派閥というに足る派閥なき場合は、派閥を形成せしめる工作を行う〉

 と新たに派閥を作ってまで、内部の対立抗争を煽るように指示しています。

 日本の政党は、すべて

〈無産階級の政党ではなく、最終的には打倒されるべき階級の敵の政党であることを忘れてはならない〉

 とし、「民主連合政府の樹立」を経て、純正左派による「日本人民民主共和国」樹立を目指せと呼びかけていま

す。当時、政権与党だった自民党を

〈大衆の目には権力欲、利害による分裂に映るように〉

 工作し、

〈多数の小党に分裂する如く工作を進める〉

 ように指示しています。

 

政界で進む皇室不敬の数々

 

 平成二十一(二〇〇九)年九月に民主党政権になって以降、政界における皇室軽視の傾向は顕著になり、中国の対日工作の浸透を実感します。実は、これが本書を書こうと思い立った動機でもあります。ここでは三点、指摘します。

  第一は、小沢一郎幹事長(当時)が、天皇陛下が中国・習近平副主席と会見なさることを、鳩山由紀夫首相に圧力をかけて強引に実現させたことです(二〇〇九 年十二月十五日)。そもそも、天皇陛下の御引見は一カ月前までに宮内庁に申請する慣例がありました。羽毛田長官は一カ月ルールを盾に抵抗したものの、最終 的には平野博文官房長官が羽毛団長官を押し切る形で会見は実現しました。

 この最中(同月十日)に、小沢幹事長は百四十三人の国会議員を含む六百人を超える訪問団を率いて北京に詣で胡錦濤主席と会談しています。

 その時、小沢氏は、来夏の参院選に触れて、「こちらのお国(中国)にたとえれば、解放の戦いはまだ済んでいない。来年七月に最後の決戦がある。私は人民解放軍の野戦軍司令官として頑張っている」と語っています。

  小沢氏は、自身を日本人民民主共和国樹立のための工作部隊司令官に擬しているのでしょうか。日本は独立国家であり、中国の属国ではありません。これが日本 の政権与党の幹事長として、国民の選良として、許される発言かどうか。小沢氏は、虚心坦懐、己に問うてみる必要があるように思います。

 第二は、岡田克也外相(当時)が二〇〇九年十月二十三日、閣僚懇談会で、国事行為として行われる国会開会式での天皇陛下の「お言葉」について「陛下の思いが、少しは入った言葉がいただけるような工夫を考えてほしい」とクレームをつけたことです。

 たしかに、憲法第三条で、「天皇陛下の国事行為に内閣は助言と責任を負う」と謳われています。もし岡田氏が本気で願うのであれば、総理に相談し宮内庁に助言する体裁をとるべきでしょう。内閣の一員だとしても、極めて不遜な発言ではないでしょうか。

  そして第三は、二〇一〇年十一月三十日、議会開設百二十年記念式典でのことでした。天皇皇后両陛下のご入場前に、すでに列席されていた来賓の秋篠宮ご夫妻 が両陛下のご入場まで約五分間起立して待たれていました。当然のことながら、国会議員たちも起立してお待ちしていたところ、民主党の中井治・元国家公安委 員長(元・衆院予算委員会委員長)が「早く座れよ。こっちも座れないじゃないか」と暴言を吐いたことです。

 当時、満六十八歳で、わずか数分間の起立に耐えられないならば国会議員の職を辞すべきですし、日頃の皇室に対する不敬な思いがはしなくも現れたのでしょう。

 このように民主党政権に移行してから、皇室を取り巻く空気が変化していることを感じます。中国共産党による要綱通りに工作が進行している何よりの証拠です。

 

恩を仇で返す忘恩国家に

 

 天皇陛下の東日本大震災一周年追悼式典(以下、追悼式典)のお言葉にもありますが、私は、日本人全員が、「世界各地の人々から大震災に当たって示された厚情に深く感謝」している

と思っていました。感謝の心は、言葉や行動で表してはじめて相手に伝わります。ところがこの「基本のき」さえわかっていない愚か者がいました。日本政府です。

  昨年三月、日本の大震災発生直後、台湾はいち早く救助専門チームの派遣を表明して準備を整えていました。それを日本政府は理由をつけて三日間も足止めしま した。台湾は、しびれを切らして、見切り発車で日本に駆けつけてくれました。中国の顔色を窺ったのでしょうが、派遣人員は台湾の二十八人に対して中国は約 半分の十五人でした。さらに、義捐金は、中国が十億円未満なのに対して、台湾は二百億円を超えました。台湾の義損金の大半は、一九九九年台湾中部地震の日 本の援助への恩返しも込めて、民聞から寄せられた心温まるものでした。

 さて、国立劇場で行われた追悼式典での日本政府の対応はどうだったでしょ うか。当日、約百六十人の外交団が式典に参加しました。ところが外務省儀典官室は、台湾の台北駐日経済文化代表処(大使館に相当)を民間団体扱いし、羅坤 燦副代表を外交団が座る一階ではなく企業関係者の座る二階席に案内しました。国名

が読み上げられる「指名献花」の対象にもならず、羅副代表は一般 参加者に混じって献花されたそうです。こんな非礼があるでしょうか。トモダチ作戦を展開してくれたアメリカと台湾に、世界を代表して最初に献花していただくのが、道理にかなった対応でしょう。新聞報道では、「輿石東・民主党幹事長を団長とする訪中を控えて中国に配慮した」とありましたが、これでは道義国家 ではなく、忘恩国家の誹りを免れることはできません。

 ちなみに、さきの要綱は、西内教授が入手元を秘匿され、公表した媒体が比較的マイナーだったこともあって当初、偽物かと疑われたそうです。しかし、この四十年の中国の日本に対する策動を見れば、中国がこの要綱通りに対日工作を行っていることは明らかです。要綱は、中国の今後の出方を予測するのにも役立ちます。歴史を見れば、国家は外敵の侵攻には一致結束して戦っても、内部抗争や裏切りには砂上の楼閣になって滅びていきました。二千年以上、受け継がれてきた美しい日本を、次世代に引き継ぐことは私たちの責務です。

 

※『歴史通』(20125月号)より転載

|

« (68) 今年のチベットのお正月 | トップページ | (69) 「最終目標は天皇の処刑」の反響 »

日本論」カテゴリの記事