« 2012年5月 | トップページ | 2012年7月 »

2012年6月

2012年6月25日 (月)

日本をチベットのようにしてはならない (後編) 竜の口法子

 国は守らなければなくなってしまう──。それを思い知らされる事実のひとつが、チベット問題です。前号に引き続き、幸福実現党の竜の口法子さんが、いまは中国の“自治’区”となったチベットから亡命し、日本lこ帰化したペマ・ギャルポ氏に、チベット問題について聞きました。

日本のマスコミは中国の顔色を窺っている

前回は、ペマ・ギャルポ先生に、「チベットの歴史と現状」についてお話を伺いました。民族、文化、宗教、そのどれをとっても中国とはまったく異なるな国であったチベットが、暴力にによって“自治区”にされてしまった現実と、これだけ国際化が進んだ現代においても人権弾圧が続いていることを思い知らされました。今回は日本の現状について、ペマ先生のお話を交えながら考えていきたいと思います。
 今回のように直接話を聞かなければ、チベットの現状がここまで悲惨だということは、私も知りませんでした。ときどき、チベットやウイグル、モンゴルなど、少数民族の“自治区”といわれる地域で“暴動”が起きていると報道されることがあります。日本のニュースでは少ししか報道されませんし、“暴動”という言葉を使っていますが、実際は反中国のデモが数多く起き、中国の武装警察に鎮圧されているそうです。
 ペマ先生は日本のマスコミの問題点を指摘します。
 「日本のマスコミは中国の顔色を窺っているところが多く、真実を報道していません。マスコミは本来、真実を伝え、啓蒙することが使命ですが、今の日本のマスコミは『中国が取材に協力してくれなくなったら困る』という事情を優先してしまいます。私がテレビに出
演して中国に不都合なことを話すと、後で中国大使館からテレビ局に電話がかかってくるそうです」
 そんな中で私たち日本人は、どのように情報を選択していけばいいのでしょうか。
 「日本人は自分自身で考える力を持ってほしいです。どうか、マスコミが流す情報に“洗脳”されないようにしてください」

憲法9条では日本を守れない

 また、「私は仏教徒ですが」と前置きしてペマ先生は言いました。
 「戦争を避けたかったら、戦いの準備をした方がいい。防衛のためです。日本が平和を守れたのは憲法9条があったからではなく、アメリカが日本を守っていたからです。そして、野心を持った国、中国がまだ弱かったから。しかし中国は軍備の近代化を急ピッチで進めており、初の空母も配備しつつあります。日本は自分の国を守る覚悟悟を持たなくてはなりません」
 ところが、ある日本人は、「中国が攻めできたら日本は降参すればいい。中国が日本に悪いことをするわけがない」とペマ先生に反論してきたそうです。
 「“二級市民”にされる屈辱は、味わってみなければそのつらさがわからないのでしょう。
 日本は天皇制を中心に2千年間、国を維持してきました。アジアのほとんどの国が植民地化される中で、日本は自ら明治維新を起こし、国を守ることに成功しました。戦争に負けたときも、屈辱と悲しみの中から日本を繁栄させようと、先輩たちは歯をくいしぼって頑張った。その結果、いまの日本があります。
 日本を守るためにいちばん必要なことは、軍事力ではないと思います。必要なのは、「自分の国は自分で守る』という自覚です。日本は、平和ボケしていた昔のチベットと同じように、国民一人ひとりが国を守る必要性を感じていないのではないでしょうか。
 私は、第二の祖国・日本をチベットのようにしたくはありません。だからチベットの現状を伝えて、日本にはそうなってほしくないと訴えているのです」

国を守るうえで女性の役割はとても大きい

 最後に、日本の女性たちへメッセージをいただきました。
 「『母国語』と言いますが、『父国語』とは言いません。国と民族を守るうえで、女性の役割はとても大きいと感じています。子どもの最初の先生はお母さんですからね。日本の女性にお願いしたいことは、母国語を大切にしてほしいということです。言語にはその国の文化が生きているからです。たとえば、日本では同じ魚を大きさによってシラスと呼んだりイワシと呼んだりしますが、チベッ
トでは同じ魚の呼び名は一種類です。かわりにヒツジを表現する言葉がたくさんあるのです。
 それから、日本の国会議員には女性が少ないです。これは制度の問題でも、優秀な女性がいないからでもなく、政治に対する関心が薄いからではないでしょうか。自分たちで未来をつくることができるということを信じて、女性たちが自分の意志で一票を投じれば、日本は変わります」

           *   *   *

 今回の対談を通して、ペマ先生の、「愛する日本を何とか守りたい。しかし、もどかしい」というお気持ちが、ひしひしと伝わってきました。また、「国がある」ということが、当たり前ではないとわかり、身が引き締まる思いがしました。チベットが中国の“自治区”になって半世紀以上が経ちます。今、世界中で、中国の人権弾圧の真実が、ペマ先生のような勇気ある人々の行動によって明らかになってきています。その真実の声に耳を傾け、私たち日本人が、「祖国を守る」
という気概を取り戻すときは、「今」なのではないでしょうか。
同時に、日本が中心となって、中国の覇権と人権弾圧をくい止め、アジアの平和と安定に貢献していくことが、アジアだけではなく世界の希望になると感じました。

※『Are You Happy?』(2012年7月号)より転載。

☆チベットをもっと知るためのBOOKS&DVD紹介

「チベット問題」を読み解く (祥伝社新書)

チベット女戦士アデ (総合法令出版)

風の馬(アップリンク)

ヒマラヤを越える子供たち(小学館)

|

日本外国特派員協会の正会員になりました

Fccj01_4

続きを読む "日本外国特派員協会の正会員になりました"

|

「国を奪われる」経験を、日本人には味わってほしくない

 映画(『ファイナル・ジャッジメント』)の宗教的な描写は、私の考えと異なる点もありますが、他国からの侵略について日本人に警鐘を鳴らすという点では大切な作品だと思います。
 今、世界が直面している問題は、一度は衰退したかに見えた共産主義、全体主義が再びカを持ち始めたことです。特に中国の共産党政府は、血なまぐさい闘争に次ぐ闘争の上に築かれた権力。今後も権力維持のために、国内のみならず周辺国にも多くの犠牲を強いるはずです。
 しかし、映画にも描かれていたように、中国は他国を占領する前に「友好」「寛容」という甘い言葉で近づいてきます。そして、その国の政財界などと深い関係を築いた後、国際情勢の混乱など、どさくさにまぎれて武力を使って侵略するのです。
 日本の政財界にも「日中友好」を声高に叫ぶ人がいますが、経済的なつながりなどで、すでに中国に取り込まれている人も多い。マスコミも、中国国内で取材ができなくなることを恐れ、中国の批判を避けてきました。
 たとえば、私がテレビ番組で中国を批判しても、その後に、中国を擁護する人の意見を紹介して、その人の方がバランスの取れた中立的な意見であるかのように印象操作を行います。
 日本人は、厳しい現実に目を向けるべきです。侵略されたチベットでは、信教の自由や言論の自由が奪われ、中国政府に従わない人々が次々と拷問され、殺されています。焼身自殺をしてまでも、そうした惨状を国際社会に訴える人が後を絶たないという事実を真剣に受け止めていただきたい。
 今、チベット人は中国政府の徹底した監視下に置かれ、チベット人として生まれたこと自体が「罪」であるかのような扱いを受けています。チベット人の「国を奪われる」というつらい経験を、日本人には絶対に味わってほしくありません。

※『ザ・リバティ』(2012年7月号)より転載。

|

中共内抗争表面化の薄事件

毛沢東時代回帰が蠢動 都知事の尖閣購入に支持を

 中国の薄熙来前重慶市共産党委員会書記が解任され、その後、更に権力の中枢である政治局委員からも追放された。しかし、現段階では共産党の党員資格は剥奪されていない模様である。いずれにしても、彼の失脚は大きな政治権力闘争の表面化であることは間違いない。その権力闘争は更に拡大し、政治局常務委員会内部にも亀裂が生じている。しかし、現段階において優位に立っている胡錦濤国家主席グループ、重慶市長の追放で苦境に立たされている江沢民前国家主席側とも、当面この問題の真相を隠すことで利害が一致している。政治局常務委員9名のバランスは、今までは1、習近平国家副主席が、周永康ら江沢民グループに近かったが、最近は習近平が胡錦濤に擦り寄ることで逆転している。
 近年、中国はかつての日本のように奇跡的な経済発展、軍事拡大に成功する一方、貧富の格差が深刻な問題となり、持つ者と持たざる者の関係がはっきりとしている。また、汚職やモラルの低下も極めて著しく、大衆を悩ませている。この現状を憂い、それを対立軸にして現体制に不満を抱く人々の支持を得て、かつての毛沢東時代の共産主義に戻ろうとする勢力との聞にイデオロギー闘争が裏では激化しており、その論争の範囲は政治家、官僚のみならず学者などの間にも表面化し始めていた。
 中国の政治情勢に詳しい中国のインテリから聞く話によると、軍の内部までもこの対立構図が出来つつあり、実際、薄熙来氏の解任直後、北京の首脳部は北京軍区以外から軍を移動までして自分たちの保身に必死になっていたようだ。つまり中国人の反体制側の関係者の話を聞くと、今回の事件は1971年の林彪事件に相当するクーデター未遂事件というのがその本質であって、薄熙来夫人が絡むイギリス人コンサルタントの殺害事件は、事実であるにせよ、現在中国側から世界各国のメディアを使ったその報道が誘導しているところは政治闘争の真相を隠す工作であることに他ならない。
 林彪はソ連へ逃亡中、飛行機が墜落して死亡することで当時の真相は未だに闇の中であるが、今回、薄熙来にまつわる贈賄、汚職に関しては今では中国の文化のひとつであって氷山の一角に過ぎず、
叩けば挨の出ない政治家のほうが少ないはずである。私は中国共産党の一党独裁が完全に崩壊し、真の民主主義が定着するまで解決しないと思う。
 今、アメリカやヨーロッパの国々は正義の旗をかざして、シリアに軍事介入、政治介入しようと図っているが、その正当性は人権と民主主義にあるとするのならば、完全に民主主義と民族自決権を無視し、一方的な植民地支配を続ける中国の政治にこそ世界がもっと積極的に関わるべきではないかと思う。チベットにお
いては4 月19日にもまた2 人の若者が焼身行為をもって中国によるチベットの不当支配に抗議している。
 中国国内では連日のように不平不満を持った民衆がデモ行為などを起こしている。このような状況の中において、今回の薄熙来事件は、当局によるガス抜きとして利用され、中国の真の民主化を更に遠ざけるための口実に使おうとしていることに懸念を抱いている。
 中国の真の民主化は、中国本土において共産党一党独裁支配が崩れ、周囲の国々も植民地支配から解放され、各民族が互いに民族自決権に基づき、対等平等の精神、自由と民主主義が確立されるまで来ないと思っている。
 そのためには今回のような事件は起こるべくして起こったことに過ぎない。むしろ、この事件は小火のうちに消さず、大火事になってもらったほうが中国の将来のためにも、アジアの平和と発展のためにも良かったと思う。日本を始め世界は潜在意識的には中国の現体制の崩壊を望みながら、現実にはその体制を壊すこ
とに何の積極的な行動も取らず、ただ新聞記事で内部闘争の模様を眺めながら、中華帝国の崩壊を願っているだけである。
 シリアなどの国に対して介入するのは、あくまでも国の経済的利益のためであって自由と民主主義はその口実に過ぎず、同様に中国に対しても民主主義と自由を説教する国々も、結局は中国人民および周辺地域の人々の人権を犠牲にしてまで経済的利益を優先していることは明白である。
 そのような国に対して弱腰の世界の指導者の中で、真正面から正義の剣をかざして発言し、行動しているのは石原慎太郎東京都知事だけであると言っても過言ではないであろう。石原知事が尖閣諸島問題で抗議を始めてから政府も抗議する方向を検討し始め、地元地方議会も政府に島を購入して欲しいという決議を出
しているようだが、これは実におかしな話で、政府が今まで何をしてきたのかと逆に聞きたい。
 政府が尖閣諸島を購入したからといって問題解決にならないのは、現状を見ても明白である。私はここで国民が立ちあがり、石原都知事のイニシアティブを支持し、その購入資金を国民が自発的に寄付を募ってすべきであると思う。

※『VIEWPOINT』(2012 年6月号)より転載。

|

チベットの現状

 この度、矢野先生の特別なご配慮によりチベット問題についてカレントに原稿を書けることは大変有難く、嬉しく思っています。私の思師の倉前盛通先生がかつてよくカレントに寄稿なさっていたので私も拝読する機会に恵まれておりました。その内容の濃さと社会に対する影響の大きい執筆陣には、常々尊敬と憧れの念を抱いていました。その雑誌にチベット問題について紹介できることは本当に嬉しいことだと実感しています。

 そもそもチベットは二千数百年の国家としての歴史を持ち、中央アジアの大国であり特に「吐蕃」として知られたチベットは中央アジアの大帝国でした。またチベットは七世紀~九世紀にかけては仏教哲学、占星術、仏教美術、チベット医学などが発達し、アジア有数の文明大国でもありました。   
 しかし十世紀の後半から十七世紀の初期ころまでは内紛などによって国家はいくつかの諸国に分裂し、かつての王系は西チベット、今日ラダックとして知られる領域に移っていきました。
 その後宗教家などによって統一が図られ、いくつか宗教家たちによる王朝が形成されましたが、本格的に中央集権的国家の統一を図り有効な政治制度を作ったのは第五世ダライ・ラマの時代即ち十七世紀でした。一六四二年に偉大な五世は政教一致のガンデンポタン政庁を創設し、法律など整備することで機能的な中央政府を確立すると共に俗世界と精神世界、つまり宗教界と貴族、豪族などを中心とする二重の政治制度を確立しました。
 法王の下、ほぼ全チベットに及ぶ影響力のある中央政権を充実させ、特に中央政府の直轄地においては僧侶と俗人二人が県の最高行政官などに任命され、互いに監視すると同時に競い合わせるようにさせました。この制度によって確立した宗政一致の政治制度は事実上昨年二〇 一一年、第十四世ダライ・ラマ法王自身が政治的権力から完全に退かれるまで、約四百年間続きました。
 この四百年間一九五〇 年代まで約三百年間にわたって鎖国政治を敷き、諸外国特に西洋の国々との接触を拒むと同時に、西洋の文化の侵入、西洋による植民地化を阻止することが出来ました。
 またこのチベットの鎖国政策は当時明朝、清朝及びインドを殖民地支配していたイギリスにとっても互いの不干渉地帯として都合が良かったのです。チベットにおける覇権を狙ったのはこの二国のみならず、ロシア帝国もチベットの覇権を狙っていたのです。このような地政学的背景と大国の都合によりチベットは事実上の独立を貫くことが出来ました。
 勿論この間も中国も英国も少しでも自国の覇権範囲を拡げようとチベットにちょっかいを出していたことはありましたが、チベットはなんとかしてその都度不平等条約などを受け入れながらも独立を維持することに成功していました。しかし一九四九年、中華人民共和国の成立と共に、毛沢東は明確に次のターゲットがチベットであることを宣言し、一九五〇年に人民解放軍をチベットに送り込みました。
 最初の約二万人の軍隊に対し、チベットの国境には軍隊すら配備されておらず人民が持っていた武器はイギリスとロシアの粗末な兵器を民間人が自衛と狩猟のために保持しているに過ぎませんでした。当時チベット政府の軍人は法王の警備隊も含め一万数千人であったと当時の親衛隊隊長であったダライ・ラマ法王の義理の兄上から私は聞いたことがありました。そのときチベット全土には約二十七万人の武器所持を否定する僧侶がいました。
 つまり仏陀の教えを忠実に護ろうとする比丘であるダライ・ラマ法王を項点にするチベットは長い間平和を祈り、平和を望み、平和のために修行して人生を過ごすことが国全体の願いでした。ですが空しくも中華人民共和国の大砲と機関銃の前に非武装のチベット人は無力でした。そのため停戦に応じた中国の要請でチベットの代表団が北京に出向きました。
 当時英語の通訳と中国語の通訳として会談に参加した人から直接聞いた話によると、北京とのやりとりは交渉ではなく、先方の一方的な要求と脅かしであり、最後には中国側が用意した偽の印鑑まで押し付けられ、所謂十七条協定なるものが成立しました。これによってチベットは中国の特別行政区になるしかありませんでした。
 その後約九年間、当時十代であったダライ・ラマ法王はあらゆる手を尽くして北京と平和裡に共存共栄する方法を探り努力しましたが、結果は中国によるその十七条の協定すら尊重しないどころかダライ・ラマ法王のお命まで危険が迫ったので、民衆は一九五九年三月十日に立ち上がりました。この時沢山の僧侶たちも衣を捨てて武器を取り、チベットゲリラに参加しましたが、時は遅すぎ、その結果ダライ・ラマ法王はインドに亡命することになりそれ以来半世紀以上ダライ・ラマ法王は亡命者の身となり、チベットは中国の殖民地支配を受け、現在は更に同化政策がどんどん進んでおり、それに抵抗する僧侶たち民衆は自分の尊い命を犠牲にした焼身自殺を行って中国政府に抗議すると共に、中国によるチベットの不当な支配と人権侵害を世界に訴えています。
 しかし中国の拡張しつつある覇権の背景には経済を武器とした各国との強い結びつきが出来ているため、世界の世論の支持があっても産業界などから圧力を掛けられている各政府は、中国の暴走に対して何一つ手を打てない状況に陥っているのは実に残念でなりません。世界各国の指導者は人権の重要性や主権の尊重を声高らかに選挙のたびに訴えても、現実的には経済を背景とした中国に屈しているとしかありません。日本も例外ではないのです。

※『カレント』(2012年6月号)より転載・

|

2012年6月19日 (火)

(76 )プーチン大統領復帰後のロシアと中国

[解説] 大統領に復帰したプーチン氏。関係を強化するロシアと中国について。※2012年6月11日収録。

|

2012年6月17日 (日)

(75) アメリカの核の傘

[解説] 最近発表されたキッシンジャー博士の核に関する論文と日本政府の政策について。※2012年5月8日収録。

|

(74) 若者と将来の不安

[解説] 日本の30%の若者が将来に不安を感じているという世論調査の結果について。※2012年5月8日収録。

|

(73) 石原都知事の尖閣諸島購入計画

[解説] 東京都の石原慎太郎知事が表明した尖閣諸島購入計画について。都が開設した尖閣購入資金の口座には5月25日の段階で9億を超える寄付金が集まっている。※2012年5月­8日収録。

|

« 2012年5月 | トップページ | 2012年7月 »