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2012年8月

2012年8月14日 (火)

経済優先が招いた中国優遇

内側に脅威抱える日台 
チベット焼身見えぬ資本主義

 最近、本屋に立ち寄ると中国脅威論に関する記事が目立つようになっている40年以上中国の覇権主義的国柄について訴え続けてきた者として、少し嬉しく思うと同時に、もう遅すぎると叫びたくなる気持ちにもなる。石原都知事も国会でもう遅すぎるが、やらないよりは良いだろうとい‘うような趣旨のことをおっしゃっていた。私も同感である。
 戦後、国を再建するため経済復興に力を注ぎ、そのために総力をあげてきた日本は経済復興を成し遂げたあとも軌道修正ができず、経済最優先に徹している日本のリーダーたち、特に経済人のトップの方々が多い。それに加え60代以上の方々の中にはアメリカの戦後政策と中国の巧みなプロパガンダによって必要以上に先の戦争に対する罪悪感のようなものに縛られ、中国に奉仕することが善意ある行為と信じ込んでいる方々がいるようだ。
 さらに中国のインテリで日本を知り尽くしている美女軍団のサービススと特別便宜などで浮かれる方も少なくない。これは経済人に限ったものではなく、政界や官僚も例外ではないようである。だから新潟におけるとてつもない広大な地の売却が可能であったり、中国人のみに対し3年間の数次ビザが
発給されたり、中国の有能かつ愛国心に燃える官僚800名の研惨を福岡で実施することを日本の行政機関が引き受けるのも私から見ると危険極まる行為であって、その経緯を疑いたくなる。
 新潟の行政関係および経済界は中国人が沢山来てくれれば……という経済効果を重視する決定を行ったということらしい。また、福岡における中国人官僚の研修も同様に経済効果というものが正当性を持っているらしいが、国の安全保障の根本を揺るがす、このような経済最優先の政策は、国家の存亡に関わるという危機感が無いところに今の日本の根本的な問題があるのではないか。
 日本国の領土である尖閣諸島に日本人が自由に出入りできなくしているのは、日本政府に領土所有権に関する正当性が無いのではないかという印象を持つ外国社会も少なくない。尖閣諸島の地主が日本人であることを知る人も多くはない。また、日本政府がわざわざ土地を借り受け日本国民をそこに上陸させていない事実を知る人はもっと少ないだろう。
 日本のマスコミは以前に比べたら多少領土問題に関して触れるようにはなったが、パンダの赤ちゃんの誕生と死に関する報道ぶりに比較すると明らかに国益という観点をもっていないように見える。だからと言って私はパンダの赤ちゃんが可愛くない、あるいは生命が大切ではないと言っているのではない。ここでは国益との比して述べていることをパンダファンの皆様には理解していただきたい。
 私は本来、動物好きであり、動物が出る映画はなるべく時間を作ってロードショーを観に行くし、18年間同居していた犬が死んだきの喪失感や悲しみ'は忘れられ
ず、今でも写真を持ち歩くほどである。特に子供は人間であれ、動物であれ、そのあどけなさは心を和ませるには十分である。パンダが赤ちゃんを抱いている姿が愛らしく思えたのはチベットの動物であるという多少主観が入っていたかもしれない。だから私はテレビのコメンテーターや司会者たちが涙ぐんでいること自体は優しさであり、何の疑いも持たないが、今、世の中にチベットなど多くの国々で沢山の人々が強権政治のもと拷問され、殺されているという実態について無関心、あるいは見て見ぬりをしていることが不思議でならない。
 また、その無関心によって自らの子孫が同じ運命に会うかもしないという危険性を見抜こうとしないことにもっと驚愕を隠せない。そして日本のメディアの皆様には生命の尊重、人権が大切であれば、チベットで継続している焼身抗議およびその要困の実態についても少し目を向けて欲しいと切'に願っている。
 私はアメリカの全ての政策に共鳴している訳でもないし、支持するものでもないが、昨今の日米間の安全保障に関する一連の問題に関しても誰かが遠隔操作をして,日米の同盟を弱体化しているのはないかと疑いたくなる。このことについては台湾問題も同様に危慎している。東アジアの安定と繁栄のために台湾の地政学的条件は極めて重要であり、アメリカも度重なる台湾への中国の軍事力行使に対しては許さないと言っているが、その台湾も日本同様、中から崩れかかってきているように思う。アメリカと日本が本当に台湾のことを考え、東アジアの自由と健全な民主主義を守ろうという思いがあれば、軍事的だけではなく包括的に台湾の自由と独立を守るべきであると考える。
 日本と台湾の現状を静かに見守っていると、今、世界は一部の傲慢な資本主義者たちによって独占され、国家国民をないがしろにしているようにも見える。共産主義の独裁国家と戦っている間は敵が明確であったが、倣慢な資本主は国境、人種を越え所謂一握りの勝ち組が地球の資源を私有化し、負け組の人々は単なる労働者として扱われ、非生産的弱者を切り捨てるような環境を作っているよに見えるが、皆様はどうお考えだろうか。

※『世界日報』(2012年8月2日付)より転載。

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2012年8月 8日 (水)

揺らぐ政治を正す総選挙を


公儀の精神に回帰せよ
日本再生に組み替えが必要

 今、日本の社会は三たび小沢一郎氏の動きに注目しており、小沢氏の動向次第では総選挙に突入するという期待と恐怖に襲われている。一部では小沢氏と大阪の橋下徹市長が協力するのではないかと注目する人もいるようだが、松井一郎大阪府知事の発言や橋下氏の私塾の講師に石原慎太郎東京都知事が主賓として参加しているところを見ると、小沢氏とのコンビはありそうもない。石原都知事は小沢氏とは組まないと明言している。
 新聞を読んで感じるのは政策や政治理念についてほとんど触れず、ただ政治の流れだけを追跡、誘導に終始している。私としては・今度こそきちんとした政策と政治理念に基づく選挙をし、日本の政治の流れを変える重要な選挙にしてもらいたい。聖徳太子以来の政治理念であり、明治天皇によってより明確化された国体の中心であった公儀の精神に回帰することが大切だと思う。
 消費税の問題にしても将来の社会保障にしても確かに大切ではあろうが、国の長期的な展望がない限り、目先の問題解決だけを議題にして政治を進めることは、国家の安泰と繁栄に結びつくどころか、むしろマイナスの要素が強いのではないか。もっと極端なことを言えば、国の根幹に関わる憲法の問題から国の再建を考え、政策を論じ、明治維新に匹敵する大改革を行うチャンスでもある。つまりそれだけ今、国の政治の根が揺らいでいるからだ。
 自民、民主あるいは反自民、非自民の次元で考えるのではなく、日本再生を前提とした政治の大きな組み替えを必要としている。別の言い方をすれば、各政党は明確な世界観と国家観を打ち出し、そしてその政策を具現化するための戦術、戦略を必要としている。例えば自由民主党は自主憲法を掲げて結成した政党であったはずなのに、社会党に移籍したほうが自然なような政治家が居座っていた。彼らにとって自民党にいる最大の理由は、長い間与党の立場にあり、権力を発揮できたことに過ぎなかった。
 そのような方々は、むしろ党を出ることで自分たちと同じ歴史観、世界観を持っている人々と夢を共にし、その夢の実現のために堂々と新政党で自分たちの理想の旗の下、国民にアピールすべきではないか。また、自民党を中心とする保守派、また民族派と称する人々も自分が選挙に勝つためにだけ保守本流と名乗り、いくつかの宗教団体や民族派あるいは保守派の団体に顔を出す。が、演説で票を集める目的だけで保守と名乗るのではなく、より明確な政治理念と揺るぎない正義感の下で一致団堂々と新政党で一致団結し、この機に日本の国家としての尊厳と民族の誇りを堂々と掲げ戦うべきではないだろうか。ただ保守を名乗り、それに共鳴する人々だけを相手にするのではなく、より積極的に社会と国民に働きかけ、強い日本の再建に取り組まなければならないと考える。
 私は日本に来て7年目頃に当時の文部大臣の坂田道太先生から「人を先に、私は後に」と書かれた色紙を戴いたことがあった。その時の私は未熟で意味がよく分かの時の私は未熟で意味がよく分からず、せいぜい西洋人が言うレディーファーストという程度のもので、モラルとして謙虚であることの大切さと受け止めていた。しかし、坂田先生を始め当時の政治家たちのことを今考えれば、坂田先生のおっしゃったことは誰もが、我こそ先に…と言って先頭に立つばかりでではなく、リーダーになるべき人、その時点においてより適任である人間に対し一歩譲って、後から支える立場も大切な役割であるという教えが色紙の言葉にあったように思える。
 この十数年、総理大臣や様々な大臣を見ると、十分に総合的な社会的力、そして人間力を構築する前に公職につき、背負い引きれない重荷を背負い、結果的には自分が苦しむだけでなく長い目で見たキャリアに汚点を残し、社会あるいは国にとっても害を及ぼす結果となっている。政治の世界のみならず、かつては大学などをも含め公職、準公職のトップに外から経験豊かで社会的に有力な人物を組織のトップに就かせ、その下で実際、実力ある人々が力を発揮し、実務を掌握し自分の時代をつくるだけでなく、外部との新たな人脈も構築していた。
 それを見習い、次の選挙では明確な政治理念、少なくとも票集めのためのマニブェストではなく、この国の復興になるような普遍性のある国家ヴィジョンを掲げて選挙を戦い、その後の首相指名においては今現在、、日本をリードし、世界が安心して相手として受け入れられる人格者を総理大臣に指名し、堂々とアジアのリーダーになることを期待してやまない。
 明治天皇は憲法作成に当たって吉井友実という人物をヨーロッパ政情視察に派遣し、帰国した吉井氏は明治天皇に帰朝報告の上奏の中で「イギリスの歴史を知らなければイギリスの憲法なり、イギリスの議員政治はわからない」と記したようだ。日本の政治家たちも日本の歴史、日本の伝統文化など潜在的な日本の力を掘り起こさない限り、外国の真似だけでは先に進めることは難しいということを再認識して欲しい。

※『世界日報』(2012年6月27日付より転載)

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[見聞録2012] 番外編・大好きな日本

◆心に響く「おかげさま」

 五つや六つの子供には過酷な逃避行だった。1959年3 月のチベット動乱でインドへ亡命したのは、地方の名士だった父がチベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世にどこまでもついていく覚悟だったから。共に 故地を後にした200人の同胞は死んだりはぐれたりして、インドに着いた時は20人になっていた。

 何不自由ない生活が一変する。難民キャンプで学校に通い英語も学んでいた少年ペマに支援の手が差し伸べられ、転機が訪れたのは65年のこと。来日して埼玉県内の中学・高校に通うことになったのだ。前年に東京オリンピックを経験した日本は、急速な経済成長で変貌を遂げ続けていた。まだ自宅には電話のない人も少なくなかったが。

     *

 「雑貨屋の店先に置かれた赤い公衆電話が、いつまでもそこにあることが不思議でしたよ。なぜ盗まれないんだろう、と」

 中学2年の時、社会科で満点を取って先生に褒められ、生徒会長になった。それが外国人では初めてだというので雑誌にも載る。だが、大切なことは教科書よりも周りの人を見て教えられたような気がする。

  「風邪で学校を休むと、同級生の母親が卵酒を届けてくれました。下校途中で農家のおばさんに挨拶すれば、首の手ぬぐいを外して丁寧な挨拶を返してくる。こ の国の人は精神的に豊かで、だから公共心が強いのだと思いました。あのころ最も感心したのは、毎日何度も聞いた言葉『おかげさま』。残念ながら、最近はあ まり聞かれなくなったような気がします」

     *

 「わがチベットに、まず民族自決権を!」--各種メディアで中国の姿勢を批判する国際政治学者ペマ・ ギャルポ(59)(桐蔭横浜大学教授)は舌鋒(ぜっぽう)、筆鋒ともに鋭い。ダライ・ラマ法王アジア・太平洋地区担当初代代表などを歴任した。昨年来日し た“幸せの国”ブータンの国王夫妻の通訳を務め、新著「ワンチュク国王から教わったこと」(PHP研究所)や中国批判本がよく読まれている。講演や寄稿の 依頼も増えた。

 仏教徒として「多くのお寺が若い人の求めに応えていない。夫婦げんかになったら相談に行ける場所、それが本来のお寺というもののはず。ま、チベット仏教に対する理解には今昔の感がありますがね。おかげさまで」。(敬称略)(編集委員 永井一顕)

※『読売新聞』(2012年7月12日付け)より転載。

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