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2012年8月 8日 (水)

揺らぐ政治を正す総選挙を


公儀の精神に回帰せよ
日本再生に組み替えが必要

 今、日本の社会は三たび小沢一郎氏の動きに注目しており、小沢氏の動向次第では総選挙に突入するという期待と恐怖に襲われている。一部では小沢氏と大阪の橋下徹市長が協力するのではないかと注目する人もいるようだが、松井一郎大阪府知事の発言や橋下氏の私塾の講師に石原慎太郎東京都知事が主賓として参加しているところを見ると、小沢氏とのコンビはありそうもない。石原都知事は小沢氏とは組まないと明言している。
 新聞を読んで感じるのは政策や政治理念についてほとんど触れず、ただ政治の流れだけを追跡、誘導に終始している。私としては・今度こそきちんとした政策と政治理念に基づく選挙をし、日本の政治の流れを変える重要な選挙にしてもらいたい。聖徳太子以来の政治理念であり、明治天皇によってより明確化された国体の中心であった公儀の精神に回帰することが大切だと思う。
 消費税の問題にしても将来の社会保障にしても確かに大切ではあろうが、国の長期的な展望がない限り、目先の問題解決だけを議題にして政治を進めることは、国家の安泰と繁栄に結びつくどころか、むしろマイナスの要素が強いのではないか。もっと極端なことを言えば、国の根幹に関わる憲法の問題から国の再建を考え、政策を論じ、明治維新に匹敵する大改革を行うチャンスでもある。つまりそれだけ今、国の政治の根が揺らいでいるからだ。
 自民、民主あるいは反自民、非自民の次元で考えるのではなく、日本再生を前提とした政治の大きな組み替えを必要としている。別の言い方をすれば、各政党は明確な世界観と国家観を打ち出し、そしてその政策を具現化するための戦術、戦略を必要としている。例えば自由民主党は自主憲法を掲げて結成した政党であったはずなのに、社会党に移籍したほうが自然なような政治家が居座っていた。彼らにとって自民党にいる最大の理由は、長い間与党の立場にあり、権力を発揮できたことに過ぎなかった。
 そのような方々は、むしろ党を出ることで自分たちと同じ歴史観、世界観を持っている人々と夢を共にし、その夢の実現のために堂々と新政党で自分たちの理想の旗の下、国民にアピールすべきではないか。また、自民党を中心とする保守派、また民族派と称する人々も自分が選挙に勝つためにだけ保守本流と名乗り、いくつかの宗教団体や民族派あるいは保守派の団体に顔を出す。が、演説で票を集める目的だけで保守と名乗るのではなく、より明確な政治理念と揺るぎない正義感の下で一致団堂々と新政党で一致団結し、この機に日本の国家としての尊厳と民族の誇りを堂々と掲げ戦うべきではないだろうか。ただ保守を名乗り、それに共鳴する人々だけを相手にするのではなく、より積極的に社会と国民に働きかけ、強い日本の再建に取り組まなければならないと考える。
 私は日本に来て7年目頃に当時の文部大臣の坂田道太先生から「人を先に、私は後に」と書かれた色紙を戴いたことがあった。その時の私は未熟で意味がよく分かの時の私は未熟で意味がよく分からず、せいぜい西洋人が言うレディーファーストという程度のもので、モラルとして謙虚であることの大切さと受け止めていた。しかし、坂田先生を始め当時の政治家たちのことを今考えれば、坂田先生のおっしゃったことは誰もが、我こそ先に…と言って先頭に立つばかりでではなく、リーダーになるべき人、その時点においてより適任である人間に対し一歩譲って、後から支える立場も大切な役割であるという教えが色紙の言葉にあったように思える。
 この十数年、総理大臣や様々な大臣を見ると、十分に総合的な社会的力、そして人間力を構築する前に公職につき、背負い引きれない重荷を背負い、結果的には自分が苦しむだけでなく長い目で見たキャリアに汚点を残し、社会あるいは国にとっても害を及ぼす結果となっている。政治の世界のみならず、かつては大学などをも含め公職、準公職のトップに外から経験豊かで社会的に有力な人物を組織のトップに就かせ、その下で実際、実力ある人々が力を発揮し、実務を掌握し自分の時代をつくるだけでなく、外部との新たな人脈も構築していた。
 それを見習い、次の選挙では明確な政治理念、少なくとも票集めのためのマニブェストではなく、この国の復興になるような普遍性のある国家ヴィジョンを掲げて選挙を戦い、その後の首相指名においては今現在、、日本をリードし、世界が安心して相手として受け入れられる人格者を総理大臣に指名し、堂々とアジアのリーダーになることを期待してやまない。
 明治天皇は憲法作成に当たって吉井友実という人物をヨーロッパ政情視察に派遣し、帰国した吉井氏は明治天皇に帰朝報告の上奏の中で「イギリスの歴史を知らなければイギリスの憲法なり、イギリスの議員政治はわからない」と記したようだ。日本の政治家たちも日本の歴史、日本の伝統文化など潜在的な日本の力を掘り起こさない限り、外国の真似だけでは先に進めることは難しいということを再認識して欲しい。

※『世界日報』(2012年6月27日付より転載)

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