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2012年11月

2012年11月25日 (日)

(98) 中国の工作活動と毛沢東のゲリラ戦術

[解説] 一ヶ月延期して開催された第18回中国共産党大会と軍部の動き。内部かく乱による弱体化を狙った中国の周辺国への工作活動とゲリラ戦。※2012年11月2日収録。

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2012年11月19日 (月)

(97) チベット国内の状況と国際社会

[解説] 焼身抗議が続くチベットの状況と国際社会がするべきこと。※2012年11月2日収録。

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(96) アメリカ大統領選挙と中国指導部の交代

[解説] 11月のアメリカ大統領選挙と中国共産党指導部の交代。そして日本の政変について。※2012年10月5日収録。

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(95) 質問回答 期待できる政党、政治家は?

[解説] 前回に引き続き視聴者からの質問回答編です。期待できる日本の政党と政治家は?※2012年10月5日収録。

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(94) 質問回答チベット仏教と超能力、僧侶の弾圧

[解説] 奇跡についての考え方。中国政府がチベット支配を正当化するために宣伝したチベット解放。僧侶による民衆の­弾圧はあったのか?※2012年10月5日収録。

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OISCA講演録 「震災から見えたアジアとのつながり 4 」

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OISCA講演録 「震災から見えたアジアとのつながり 3 」

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OISCA講演録 「震災から見えたアジアとのつながり 2 」 

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OISCA講演録 「震災から見えたアジアとのつながり 1 」

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日本は中国の野望を挫くアジアの勇士たれ!

チベットの藩主の跡取りとして生まれ、中国解放軍によって祖国を追われたペマ・ギャルボ氏。インドへの亡命後、縁あって日本に留学、第二の祖国となったこの国がアメリカと中国に内側から侵食されている姿に危機感を募らせる。

──ブータン王国の政府顧問などを務められ、昨年、ブlータン国王夫妻が来日された折には通訳として同行されたペマ・ギャルポ先生ですが、日本へは一九六五年にチベット人難民の留学生として来られたのですね。

ペマ そうです。チベット東部にあるニャロンという地域を収めるポンポ、日本語でいえば藩主あるいは地方領主にあたると思いますが、その息子として生まれました。兄がいましたが、高僧の予言で活仏として認定されて寺に入っていましたので、僕が跡継ぎになる予定でした。それが、中国のチベット侵略によって、人生は大きく変わることになりました。「若殿様」として何不自由のない生活をしていたのが、ある日突然難民になってしまったのです。

──五、六歳の頃のことですね。

ペマ ええ、日本人で僕くらいの年齢の人たちに戦争経験者は普通いないでしょう。しかし僕は実体験しました。インドに亡命するまでの二年は戦いながらの逃避行で、毎日のように後ろの方でパンパンと音がして鉄砲の弾が飛んでくる。人間はそういう状況に入ると、ある意味で理性を失うんですよ。感覚がマヒして怖くなくなっていくんです。子供だった僕も、最初は鉄砲の音を聞くだけで足が動かなかったのが、そのうち、「あっ、あつちから飛んでくるから、こっちに逃げればいいな」と判断するようになる。慣れですね。

──インド亡命後は。

ペマ 難民キャンプを転々としながらの生活で、藩主の跡取り息子として特別扱いを受けて育ち、自分は偉いのだと思いこんでいた僕でしたが、もはや誰も敬意を払ってはくれないことを思い知りました。難民学校に行ったのも、勉強しようというよりも、そこに行ったらビタミン剤、栄養剤をも
らえるからでした。それを服に隠して持ち帰り、街に持って行って野菜と交換し、家族みんなで食べるという経験をしました。
 やがて難民学校からミッション系の上級学校に進学することができ、そこはネパールやブータンの王族なども通うレベルの高い学校でした。そして僕たちがインドに亡命してから数年が経つと、国際的なチベット支援も始まり、その一環として諸外国で留学生受け入れが始まったのです。

──日本を選ばれたのは。

ペマ 英語の学習に力を入れていた僕にはイギリス留学という選択肢もありましたが、同じ仏教国のほうがいいだろうという両親の勧めなどがありました。
 日本留学のチャンスをつくってくれたのは、私の思師となった木村肥佐生先生。日本政府は戦前、かなりチベットに関心を持っていて、木村先生は特務機関員として十年間、チベットに滞在。五O 年にインド経由で帰国されていましたが、チベットが中国に侵略されたと知り、「日本はチベットに思がある。思返しをしなくちゃいけない」と、各方面に働きかけをしてくださったのです。そうして十三歳だった六五年十二月十一日に四人の仲間と日本にやってきました。

国際化は無国籍化ではない

──過去、日本とチベットはどのような関係があったのでしょう。

ペマ 八九年のダライ・ラマ法王のノーベル平和賞受賞は日本人がチベット問題に関心を持つ一つの契機となり、うれしく思いますが、日本とチベットは一般の日本人が思う以上に密接な関係があります。
 鎖国政策を取っていたチベットに日本人で初めて入国したのは僧侶で仏教学者の河口慧海という人物で、その後も日本は仏教関係者を中心に人を送り込んでいます。彼らは日本人であることを隠していましたが、チベット政府から厚遇を受けて長期滞在。元陸軍軍人でダライ・ラマ十三世に気に入られて、軍事顧問に迎えられた矢島保次郎という人もいます。
 日清・日露戦争の中間期というチベット周辺地域の重要性が増していた時代で、彼らは日本政府から密命を帯びていたことが明らかになっていますが、長年チベットを脅かしてきた清と、当時チベットが世界最強と思っていたロシア軍を打ち負かした日本の存在は、チベットには頼もしく映ったことでしょう。辛亥革命で中華民国となった中国はその後も度々チベットに武力侵攻しましたが、日本政府は対抗するための武器をモンゴル経由でチベット政府に届けて
います。
 だから、その後日中戦争が始まり、日本が世界の中で孤立しても、チベットは友好国としての関係を保ち続け、日本軍のビルマ占領によって蒋介石軍への欧米の武器支援ルートが断たれた連合国がインドを経由して中国に物資を輸送する計画を立て、ルーズベルト大統領がその協力を要請する親書をダライ・ラマ法王に送っても、チベット側は協力をためらったのです。
 今の日本人は盛んにグローバル化という言葉を口にしますが、視野が狭いように感じます。戦前の日本の方が、はるかに地球的規模で物事を考え、世界戦略と戦術を持って行動していたと思います。

──国際化も近年もてはやさされる言葉ですが。

ペマ どうも国際化というと、国家を超えたところにあるもの、あるいは文化を混ぜたところにあると思われていますが、そんな日本の感覚は変だと思います。国際化すればするほど、国のアイデンティティーが必要なわけです。それを日本の場合は忘れています。
 国際化とは、さまざまな国の文化にも接することができることであり、その文化を理解する力を持つことだと僕は考えます。国際という言葉自体、国家が単位であるのに、日本では国という概念が薄らいできて、誰も、「自は国のおかげでこうして暮らしている」と思っていない。まだまだ日本は素晴らしい国だと思うのですけど、そういう認識をもてないような人々をつくっている教育も問題でしょう。
 今、日本を良くする方法があるとすれば、温故知新。五0 年代、六0 年代辺りまでのいろんな苦しいことを乗り越えてきた日本を振り返ることでしょう。そのころの日本は物事の節度を知っていたし、西洋の技術を導入しても、日本の「道」の文化、華道、茶道、あるいは武士道、そういうしなやかな生き方を持っていました。だからこそ世界の中でも日本を模範国家にしたいという見方をされ、マハティール首相をはじめアジアの国々は日本を模範として国づくりを行ったのです。
 しかし、日本があまりにも成功してしまったために、日米聞の貿易摩僚などが起こり、いろんな国が日本を脅威に感じるようになりました。日米貿易摩僚は鉄砲の打ち合いはしていないけれど、これも一つの戦争でしょう。それに日本は負けてしまいました。

怖いのは内部からの崩壊

──敗因はどこにあったと。

ペマ 負けたのは日本の中に相手を知ったような気持ちが生じてしまい、外からの攻撃ではなく、中にいる人聞が何か呪われたように「本場アメリカでは…」とか、「中国四千年の歴史は…」のようなことを言い出し、相手に合わせ始めたことです。そんなことを言わなくても、日本は日本でいいと僕は思っています。
 僕の故郷には何種類かのキツネがいて、その一つにパラテイルという小型のキツネがいるんです。子供時代の記憶が正しければ、このキツネは動物の柔らかいお尻から入っていき、中を食いちぎって殺します。それと同じように、アメリカのハリウッドとか中国が日本を内部から蝕んでいるように思えます。アメリカのハリウッド映画は日本の社会秩序を壊し、中国は意図的に日本
弱体化を図るためにさまざまな動きをしてます。中に潜伏され、いつのまにか国を崩壊されることは、表立って鉄砲を持って戦争をすること以上に怖いものです。

──その日本の国籍を二〇〇五年に取得されていますね。

ペマ 子供の時からチベット独立を夢見てきましたから悩みましたが、帰化を決心した理由はいくつかあります。
 一つは当時、間接的に自民党の方から選挙に出ないかという打診があったこと。その時は日本国籍がなかったし、僕が出ることはでしゃばりになると思ったのですが、小泉さんの政策があまりにも問題を引き起こしました。自民党の本当に経験豊かでまだまだ政治家として国のために尽くせた人々が、郵政の問題で消えていきました。
 また、高慢になった資本主義に対して疑問を感じたことも一つです。僕自身は共産主義にいじめられてきたわけで、共産主義に対しては否定的ではあるけれど、だからといって倣慢な弱肉強食の資本主義がいいとは思わない。弱いものを社会からはじき出し、あるいはそういう人たちから搾取するような社会では、共産主義を否定することができなくなりま
す。それを日本国民の立場で訴えたかったのです。
 名前のこともありました。以前は日本国籍を取得するには名前を漢字の日本名にする必要がありましたが、今はそれがなくなり、子供の時からの名前を変えなくてよくなったことも理由の一つです。
 そして、ダライ・ラマ法王、が「チベットは高度な自治を求め、独立を求めない」と明言されました。僕個人としてはチベット独立を求めていましたが、法王のご意思に従います。ただ、中国の下に住みたいとは思いません。そういう諸々のことが偶然その時期に重なりましたので、僕としては自分なりに心を決めて、日本の国籍を取ることにしました。

そうして第二の祖国となった日本が、チベットのような悲劇に見舞われることは何としても阻止したい。そして日本人のみなさんに僕の逃亡中のような経験をしてほしくないと思っています。でも戦争をしたくなかったら、戦争にならないことを前提にしながらも、いざ起きた時には対応できるような環境をつくることが大事だと僕は思います。

経験豊かな政治家の不在

──最悪の車態を想定することは、事故は起こらないものとされていた原発事故が残した教訓でもありますね。

ペマ そうです。最悪の事態を考えて準備しながら、最善を尽くしていい結果になるようにしないといけないと思います。
原発に関しては、トップのミス、経験がなかったことが大きかったでしょう。総理大臣たちに国を動かすための経験が不足していました。日本は、ポピュリズムに基づいて総理大臣の地位がだんだん軽くなってきたと思います。もっと経験を積んでいる政治家が必要です。僕は大臣が六十、七十歳でも全然おかしくないと思う。彼らの仕事はスポーツをするわけでも、荷物を運ぶわけではないのですから。経験を持っている年配者は知恵袋だと思う。日本人は経験というものをもっと大事に.した方がいい。

かつて存在した政治家育成システムや年長者の知恵を生かす風土が、小泉改革後、崩壊してしまったと。

ペマ そうですね。それ以前は立派な方々が結構おられたのですが、今は多分、財界も政界も、そういうリーダーはいないですね。ロッキード事件の後のリクルート事件、それから佐川急便事件などの影響、そして小泉さんの神か悪魔か何かが宿ったように「ぶち壊す」と言って行ったことの数々。これによって日本の本当にいい人材がたくさん失われてしまったと思います。いまでは大きなビジョンを持って、何よりも天下国家を最優先するようなリーダーは、誰もいなくなってしまいました。
 そんな事態を生んだ一つの理由は、たぶん戦後、国を再建するに当たって経済を重視したことに端を発するのではないでしょうか。その時点においてはちゃんとした目標を持ち、同時に時間的な計画性を持ってやっていたはずですが、いつの間にか「経済優先」という政策だけが継続され、その上、一応、共産主義が崩壊。そこで資本主義が非常に倣慢になりました。かつては西洋の国々がアジアの国々、アリカの国々を植民地化しましたけれど、今は一握りの多国籍企業、あるいは大企業が世界を私物化しています。このような何でも経済優先の政策は、結果的には国を滅ぼす方に向かってしまう気がします。
 今は何でも経済効果ということが政策を正当化する理由になっていますが、それは一時的には経済効果をもたらすかもしれないけれど、将来的に国にとってどうかということをもっと深く考えるべきでしょう。
 例えば今、日本は中国からの圧力で、中国の観光客が沖縄に出入りするための三年有効の数次ビザを出しています。一回の滞在期間も十五日から九十日に延長になりました。名目は震災からの復興のための観光収-入増ということらしいのですが、本当に東北の復興のためだったら、中国よりももっと個人が金持ちのシンガポールとか、マレーシアとか、あるいはインドネシアとかに出していい。インドにだって中国に負けないような金持ちがいると思いますよ。なぜそういう国の人たちに対して同じようなビザを出さないのでしょう。

アジアの国々と連携強化を

──アジア情勢についてはどうみておられますか。

ペマ 六七年にできたASEAN( 東南アジア諸国連合)は当初、南下してきた共産主義を何とかしようということが目的でした。幸いにも加盟国は形の上では経済或長しまして、その後、かつては戦っていた相手であるベトナム、ラオス、カンポジなども加わり、加盟国は十ヵ闘になりました。中国はそのASEAN に中国、韓国、日本を加えた形での「東アジア共同体」というものをつくろうとしていますが、これは日本にとって極めて危険だと思います。
 なぜなら韓国、中国は日本に対して複雑な感情を持つ国であり、それ以外の国々にはそれなりの数の華僑の存在があります。中国の力は華僑の力といえるのです。鳩山さんが提唱したように、それにインド、オーストラリアなどを含めるのであれば多少バランスが取れてくるかもしれません。そうでない東アジア共同体の中に日本がのこのこと入っていったら、とんでもないことになるでしょう。

──今後、日本がとるべき行動は。

ペマ 地政学的に考えて、インド、オーストラリア、シンガポール、ベドナムなどとともっと関係を深め、中国をけん制することが大変重要だと思います,そうしないと中国はアジアを経済的にも政治的にもどんどん侵食していくでしょう。日本はアジアにおいて中国以外には大物大使を送っていませんが、インドやインドネシア、マレーシアなどにも実力ある大使を派遣し、関係を強化すべきです。
 また留学生を三十万人にしようとか、労働力として二百万人の外国人を入れようとしていますけれど、きちんとしたビジョンと計画性を持って、バランスのとれた入れ方をした方が日本のためです。そうしてアジアの国々と協調する中で日本がリーダーシップを発揮し、世界の重鎮となれるように早急に動くべきだと思います。
 アメリカがアジアを重視するということは、逆に言うと軍事強化がアジアにシフトされるということ。そして、中国が軍事強化していけば、周りの国々も同じように軍備せざるをえなくなる。
ーロッパでは確かに冷戦は終わったかもしれませんけど、アジアは冷戦が新たに始まり、あるいは激化しています。その中において、日本は唯一のリーダーではなくてもリーダー格の国として、アメリカ追随ではない独自の外交、あるいは安全保障に対する考え方を示せば、付いてくる国はあると思います。
 現段階ではまだまだ日本の生活水準は高いです。でも、上がるのは大変だけど、落ちるときは簡単ですよ。そして、その速度も上がる時よりも早いでしょう。そうならないためにも、川の流れを少し変えるような行動をとることが、今の日本には必要だと思います。

──ありがとううございました。

※『時局』(2012年10月号)より転載。

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中国の侵略主義に対抗する政策

 私はこの数週間ブータン、ネパlール、モンゴルを訪問し、またタイにも立ち寄ってきた。これらの国では、今世界が注目している領土問題に関して、中国及び韓国の当局によるプロパガンダが目立っていた。
 また各国の政治家、ジャーナリストなど、有識者との意見交換の場においても、中国や韓国側の言い分が相当浸透していると痛感した。
 日本の主張はほとんど理解されていない。そこで私は次の三つの提案を日本の関係者にしたいと思う。
 第一に、日本政府による外国に対する積極的な広報活動を行うことが急務である。日本の場合には外務省だけが対外広報を担当しているのに対し、中国では外務省は当然のことながら、党宣伝部、党の民族統一工作部などを通じて、民間団体(中国の場合は党または政府の機関)、人民日報、学者などが大活躍している。日本は戦後アメリカによってことごとく情報・諜報機関を破壊されたため、国家の意志を持って情報収集、分析、操作をするという働きが未だに十分にできていない。
 この現状を一日も早く改善し独立国家として十分に機能できる強い機関を内閣府において確立することが必要不可欠である。そこから各方面に対し情報発信、収集を迅速に行わない限り、日本は憲法九条による制約の中、武力行使ができないことは言うまでもないが、心理作戦においてさえも完全に相手のおもうつぼになっている。政府は、関係各省庁のみならず、マスメディアに対しても国益を重視する方向へ行政指導する必要があると思う。
 第二に、中国では徹底した領土拡張主義の教育が浸透しているため、彼らは自信を持って自国の理屈を唱えるのに対し、日本は一般人だけでなく専門家でさえも他人事のように自国の主権に関わる問題を語り、しかもそれが世界の常識から見ると恥ずかしくなるくらいに地球市民を気取っているのが情けない。これは日本の戦後教育及び世論形成を、ある意図を持って行ってきた一部のインテリの影響であろう。従って日本の教育制度を見直し、国民がしっかりとした国家と国益の概念を持つよう徹底することが必要である。
 第三には、尖閣諸島は日本の領土である以上、国民が自由に出入りできる状況をつくり100組くらいの志願者を募って、政府が様々な便宜をはかって定住させ、日本国の領土であることの既成事実を確立することによって、国内外に対し強いメッセージを送ることである。
 侵略主義国家に対しては確固たる既成事実を持って対処するしかない。

※『教育再生』(平成24年10月号)より転載。

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言論の自由と公益性

マスメディアは自戒を
不公正、不公平、乱用は遺憾

 言論の自由、出版の自由、表現の自由などが文章上にあっても、実際に許されていない中国などの現状から見ると日本の社会は羨ましいほど自由である。しかし、その自由が逆に弱者の意見や見解を弾圧するための道具になっているような現象もあるように思う。私たちが今日享受している言論出版などの自由は言うまでもなく多くの人々の命の犠牲の上に成り立っている。
 かつて、地球の自転を唱えるだけで酷い自にあった時代に比較すると、今日の自由は想像もできないほどの進歩である。ものを文章化したり、言葉を媒体として世間に影響を及ぼす立場の人間には大きな責任がある。従って現代の社会において、このような媒体を通して空活を営み、社会に対し大きな影響力を持っている人間は常に自分自身の言動がどのような影響を及ぼすかを考えることが大切であるはずだ。
 例えば、ジャイナ教の厳格な信者たちは虫が口に入って死なないようマスクのような覆いで口を隠している。また、外を歩く時もうっかり虫を踏み潰さないよう進む前の地面を掃きながら歩いていく。これは小さい命に対する配慮である。
 今の世の中、マスメディアは第四の権力と言われるほど巨大化している。例えば日本国内でNHKは象であるとすると、声無き人々は蟻のような存在に過ぎないかもしれない。国民から高額の受信料を徴収し、国を代表する立場で国内外から大きな信頼を得ており、その影響は更に一段と他のメディアに比較して大きいのは当然である。しかし、最近いくつかの出来事を通して私にはこの巨大なパワーを持ったNHKは公共電波を使う立場にありながら、思いやりと公正さに欠けるような行動が見られ、実に残念であると同時に真面目に一市民として受信料を払っている人間として腹立たしくも思う。
 その一つの例は、最近NHK の特別番組で中国4000 年の歴史を検証する…という趣旨の番組だった。その番組はまるで中国のプロパガンダのようなものであり、中華思想の片棒を担ぐため公共の電波を利用し、中国周辺の国々や民族の誇りと真実の歴史を踏みじるようなものであり、公平さも公正さも欠けていた。これに関わったプロデューサーやディレクターが意図的にそのようなことをしているとは思いたくないが、象が蟻を無意識に踏み潰しているように自分の巨大性を自覚していないか、または環境によってそうせざるを得ないような状況に陥っているとしか思えない。
 メディアの役割には真実を伝えること、社会に啓蒙し教育することなど様々な建設的な役割があることは言うまでも無い。そのような良いことができなくとも自分たちの言動によって社会にどのような影響を及ぼすかという責任を自覚することも大切ではないだろうか。
 勿論、NHKの全ての番組が無責任であるというのではない。例えば、自然や動物の生態などのドキュメンタリーなどを始め、今年度上半期に放映された『梅ちゃん先生』などは私も夢中になって観ており、私自身が日本に来た頃の日本人社会の温かみと人情あふれる人間同士のつながりなどを思い起こすと同時に、日本人の素晴らしさを改めて思い起こすことができた。
 しかし、社会に対する影響力及び教育の側面からいうと、『梅ちゃん先生』の後の『純と愛』は私の主観的な感想としては、主役は凜々しく可愛いが、その言動はややもすれば社会にとっては、特に若者に対する影響力から考えると有害な要素があるという以外に的確に表現できないのは残念である。「梅ちゃん先生」の言動が「静」であるとすれば、「純」の言動は「動」である。従来、日本をはじめ、我々東洋の精神は「静」であって、怒りや苛立ちなどを浄化て対処していたのに対し、西洋ハリウッド文化が象徴するような「動」の文化は苛立ちを破壊や爆発で発散させようとしており、私はやはり前者の対応の方が本来日本の文化ではないかと思う。
 言葉にも言霊つまり魂があり、使う言葉によってその人間の性格が構築され、周囲に発する波動も平和的になったり、或いは好戦的になったりもする。例えば人間は長い間、親を尊敬の対象として社会の秩序を維持してきた。従って、お父様、お母様というような表現を使うことで尊敬と感謝の念を表してきた。当然、人聞に生まれた以上、本能的な親子の聞の愛情は簡単に消せないが、その親に対し「おまえ」というのと「お父様」というのでは当人たちの人間関係においても、周囲に対しても発する言葉で波長が変化する。対等対立の文化と協調・調和の雰囲気が自ずと作られていくのではないだろうか。
 私は、国家から法的に守られ言論・思想などの自由を最大限活用して生きていけるこの社会を築き上げた先達に感謝するとともに、この社会にその自由を乱用しないように、言語を通して表現し情報を発信し人々に大きな影響を持つ個人や団体は自ら律することを切に願っている。

※『世界日報』(2012年10月31日付)より転載。

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産経抄  「中国の侵略主義に対抗する政策」を紹介

 チベット文化研究所名誉所長のペマ・ギャルポ氏が月刊誌『教育再生』に巻頭言を寄せている。「中国の侵略主義に対抗する政策」という、領土問題での日本人へのアドバイスである。中でも興味深いのは、領土や主権に対する日本人と中国人の意識の違いだ ▼中国では徹底した領土拡張主義の教育が浸透し、自信を持って自国の理屈を唱える。これに対し日本は、専門家でさえも他人事のように自国の主権に関わる問題を語る。しかも「恥ずかしくなるくらいに地球市民を気取っているのが情けない」と述べる ▼見事なご指摘と感心ばかりしてはおれない。専門家どころか、外相経験者の前原誠司国家戦略担当相までが領土問題を「他人事」と見ているようだからだ。民放の番組収録で、石原慎太郎東京都知事の尖閣購入計画を批判したという発言からそう思えた ▼前原氏は「石原氏が(購入を)言い出さなかったら問題は起きていない」と述べた。中国の反日はそのせいだというのだ。だが中国はそれ以前から尖閣への攻勢を強めていた。これに対する政府の無策を見かねて購入計画を打ちだしたのだ ▼前原氏は、石原氏と野田佳彦首相の会談で石原氏が「戦争も辞せず」みたいな話をしたことを明かしたそうだ。だがそれを批判するなら戦争の代わりにどうやって尖閣を守るかを語るべきだ。そうしないなら「他人事」であることを露呈したにすぎない ▼日露戦争前夜、黒岩涙香は主宰する新聞でけんかの最中に賊に入られた夫婦が力を合わせて退ける話を例に存亡の危機の不毛な論争を戒めた。領土が脅かされているとき、政府要人が祖国ではなく国内に批判の矛先を向ける。中国の思うツボである。

(産経新聞2012年10月14日付)

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