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2012年11月19日 (月)

言論の自由と公益性

マスメディアは自戒を
不公正、不公平、乱用は遺憾

 言論の自由、出版の自由、表現の自由などが文章上にあっても、実際に許されていない中国などの現状から見ると日本の社会は羨ましいほど自由である。しかし、その自由が逆に弱者の意見や見解を弾圧するための道具になっているような現象もあるように思う。私たちが今日享受している言論出版などの自由は言うまでもなく多くの人々の命の犠牲の上に成り立っている。
 かつて、地球の自転を唱えるだけで酷い自にあった時代に比較すると、今日の自由は想像もできないほどの進歩である。ものを文章化したり、言葉を媒体として世間に影響を及ぼす立場の人間には大きな責任がある。従って現代の社会において、このような媒体を通して空活を営み、社会に対し大きな影響力を持っている人間は常に自分自身の言動がどのような影響を及ぼすかを考えることが大切であるはずだ。
 例えば、ジャイナ教の厳格な信者たちは虫が口に入って死なないようマスクのような覆いで口を隠している。また、外を歩く時もうっかり虫を踏み潰さないよう進む前の地面を掃きながら歩いていく。これは小さい命に対する配慮である。
 今の世の中、マスメディアは第四の権力と言われるほど巨大化している。例えば日本国内でNHKは象であるとすると、声無き人々は蟻のような存在に過ぎないかもしれない。国民から高額の受信料を徴収し、国を代表する立場で国内外から大きな信頼を得ており、その影響は更に一段と他のメディアに比較して大きいのは当然である。しかし、最近いくつかの出来事を通して私にはこの巨大なパワーを持ったNHKは公共電波を使う立場にありながら、思いやりと公正さに欠けるような行動が見られ、実に残念であると同時に真面目に一市民として受信料を払っている人間として腹立たしくも思う。
 その一つの例は、最近NHK の特別番組で中国4000 年の歴史を検証する…という趣旨の番組だった。その番組はまるで中国のプロパガンダのようなものであり、中華思想の片棒を担ぐため公共の電波を利用し、中国周辺の国々や民族の誇りと真実の歴史を踏みじるようなものであり、公平さも公正さも欠けていた。これに関わったプロデューサーやディレクターが意図的にそのようなことをしているとは思いたくないが、象が蟻を無意識に踏み潰しているように自分の巨大性を自覚していないか、または環境によってそうせざるを得ないような状況に陥っているとしか思えない。
 メディアの役割には真実を伝えること、社会に啓蒙し教育することなど様々な建設的な役割があることは言うまでも無い。そのような良いことができなくとも自分たちの言動によって社会にどのような影響を及ぼすかという責任を自覚することも大切ではないだろうか。
 勿論、NHKの全ての番組が無責任であるというのではない。例えば、自然や動物の生態などのドキュメンタリーなどを始め、今年度上半期に放映された『梅ちゃん先生』などは私も夢中になって観ており、私自身が日本に来た頃の日本人社会の温かみと人情あふれる人間同士のつながりなどを思い起こすと同時に、日本人の素晴らしさを改めて思い起こすことができた。
 しかし、社会に対する影響力及び教育の側面からいうと、『梅ちゃん先生』の後の『純と愛』は私の主観的な感想としては、主役は凜々しく可愛いが、その言動はややもすれば社会にとっては、特に若者に対する影響力から考えると有害な要素があるという以外に的確に表現できないのは残念である。「梅ちゃん先生」の言動が「静」であるとすれば、「純」の言動は「動」である。従来、日本をはじめ、我々東洋の精神は「静」であって、怒りや苛立ちなどを浄化て対処していたのに対し、西洋ハリウッド文化が象徴するような「動」の文化は苛立ちを破壊や爆発で発散させようとしており、私はやはり前者の対応の方が本来日本の文化ではないかと思う。
 言葉にも言霊つまり魂があり、使う言葉によってその人間の性格が構築され、周囲に発する波動も平和的になったり、或いは好戦的になったりもする。例えば人間は長い間、親を尊敬の対象として社会の秩序を維持してきた。従って、お父様、お母様というような表現を使うことで尊敬と感謝の念を表してきた。当然、人聞に生まれた以上、本能的な親子の聞の愛情は簡単に消せないが、その親に対し「おまえ」というのと「お父様」というのでは当人たちの人間関係においても、周囲に対しても発する言葉で波長が変化する。対等対立の文化と協調・調和の雰囲気が自ずと作られていくのではないだろうか。
 私は、国家から法的に守られ言論・思想などの自由を最大限活用して生きていけるこの社会を築き上げた先達に感謝するとともに、この社会にその自由を乱用しないように、言語を通して表現し情報を発信し人々に大きな影響を持つ個人や団体は自ら律することを切に願っている。

※『世界日報』(2012年10月31日付)より転載。

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