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2012年12月22日 (土)

チベット民族を大量虐殺した中共を知らない日本人

チベットは一九四九年十月の中共の成立の後、人民解放軍の侵略を受け中国の一部に併合された。民族を統合する法王はインドに亡命し、チベットでは支那化が急激に進行中。中共の領土要求に対して弱腰外交を続ける日本が、将来チベットの二の舞にならないと誰が言えるだろうか。

中共の領土キャンペーン

──先生は、中共のチベット侵略により人生を大きく変えられました。少年時代にインドヘ亡命し、その後来日して中高等教育と大学教育を受け、二〇〇五年に帰化して日本人として生きておられる。いま、日本国の領土、尖閣諸島が、中共の領土的野心のターゲットになっています。

ベマ 中国人には、かつて中華の帝国に対して朝貢外交をしていた領域は全て自分の領土だという意識があるんです。ですから、人民解放軍の存在意義や、他国を攻める正当性を国民に説明するときは、外国の帝国主義に奪われた、我が国の正当な領土を取り戻すため、と言っているわけです。

 そして、経済的にも軍事的にも巨大化した今、東シナ海から南シナ海まで、実に様々なところで、理屈が
合わない主張をしているのです。

──中共が過去におこなってきた数々の侵略の歴史を見れば、日本は彼らの領土要求を警戒し、その主張に強く反論しなければなりません。

ペマ 日本では対外的に自国の主張をアピールするのはほとんど外務省任せですが、かたや中国は活発に尖閣の領有権を世界に主張しており、効果が少なからず現れています。
 例えば、今年八月に中国人活動家が尖閣へ上陸して以降、私はブータン、ネパール、モンゴルを訪ねていますが、彼の地では親日的な人でさえ、「尖閣諸島」を中国語読みの「ディヤオウィダオ(釣魚島)と呼んでいました。中国は、外務省、軍、党、華僑、マスメディアが一体となった組織的キャンペーンを張っており、その主張は国際社会に一定の浸透を遂げています。

中国人の侵略観

ベマ 日本では“中国四千年の歴史”と表現をしますが、実際、「中国」というのは、中華民国という国ができてはじめて使われだした名称です。それまで二十四回王朝が代わる中で、元にしろ清にしろ、決して中国の政権ではありません。元なら、モンゴル人が中国を侵略してつくった王朝ですし、清なら満洲人が中国を侵略してつくった王朝です。八世紀頃はチベットの方が軍事大国で強かったので、中国に傀儡政権を作ったことすらあります。
 中国は常に領土を巡って周囲と戦争を繰り返し、あるときは広がり、あるときは狭められたりしながらやってきました。漢人の土地という意昧での中国は、今の領土のわずか37%。残りの63%は、チベットやウイグル、モンゴル、満州から奪ったものです。

──かつての朝貢国は中国の一部という論理でいくと、日本も韓国もべトナムもミャンマーもタイも穏やかではいられません。無茶苦茶です。

ペマ そうした国々の中でも、日本は中国人にとって特別な存在です。
 日中戦争で日本にやられ、満州を取られ、更に、自分たちの植民地のように思っていた朝鮮半島や台湾も
奪われてしまった。アジアの中で自分たちが唯一の大国だと思っていたのにそれを日本によって否定されてしまったのです。ですから中国人は、日本に対する敵対意識を潜在的に持っています。反共の蒋介石率いる国民党政府が、毛沢東の共産党と手を組んだのも、相手が日本でなければ成立しなかったでしょう。

──そういった意識が今回の尖閣問題に繋がっているんですね。

ベマ 加えて、国内の情勢が不安定だったり、政権内部の様々な矛盾が表に出て、対立が生じたときに、
中国の為政者は仮想敵をより具体化することによって、国民の目を外に向けようとします。そのひとつの手段が、反日運動です。

──つまり、日本が宥和的な対応をしても、中国の姿勢は変わらない。

ペマ 変わらないどころか、逆効果ですらあります。日本政府は尖閣の地を買い上げることで、軍事システムを作らず、日本人を常駐させることなく、中国との摩擦を回避しょうとしていました。ですが、領有権が日本に残る間は中国にとっては問題解決にはなりません。日本にとっては、精一杯気を使ったつもりの「回避」ですが、そういった日本の弱腰な態度こそが事態を悪化させていると言えるでしょう。

チベットと日本の相似

──ペマ先生のブログではチベットが侵略された理由として、「チベットはある種平和ボケしていた」と
いう書き方をしています。

ペマ チベットはダライ・ラマ法王を戴く平和主義の仏教徒が、政治を指導する立場にあります。国家元首
としてダライ・ラマ法王が存在し、法王は厳格な戒律を守らなければならない立場にある律僧です。未だに
中国に対して宣戦布告してないように。争いは最も敬遠されることなんです。
 十七世紀から二十世紀まで鎖国政治をとってきた仏教国チベットでは、近代的な軍隊はなく、かわりに、約二十五万人の僧侶が日夜平和を祈っていました。その間に周囲の国々はどんどん近代化され、チベットは遅れていたんです。
 そこを狙って軍を進めてきたのが毛沢東でした。一九四九年に中華人民共和国が成立すると、独立宣言の直後に、次の狙いはチベットだと言っていたのです。中国が本来の領土をすべて獲得するまで、中国共産党の革命は終わらない、というわけです。ですから、尖閣諸島や沖縄なども、彼らの革命を完成させる上で非常に重要な意味を持つということになると思います。

──日本の平和憲法と、チベットの平和主義の仏教、両者の相似形を考えると、日本はいま非常に危険な状態にあると言えませんか。

ペマ 理想は、望むだけ、あるいは祈るだけでは、実現されません。それを身を持って知った私にとって、日本の状況は歯がゆいですね。チベットで現実に起こっていることが、日本で繰り返されないことを心から願っています。

周恩来と部小平の棚上げ

──尖閣に限らず、領土問題について日本は無関心に過ぎます。

ペマ 自分の家の中に誰かがゴミを置いたり、不法侵入してきたら、誰でも烈火の如く怒るでしょう?
 なのに、まるで第三者のような傍観的視点で、「まあ、尖閣問題はとうぶん棚上げにしたほうがいい」「東シナ海の海底資源は共同開発しよう」などというのは、私から見ると極めて非現実的で、世間離れした反応だと思います。
 棚上げは、衝突の一時的な回避にはなるかもしれませんが、引き伸ばすことで問題は更に複雑化し、次の
世代に大きな課題を残すことになります。この際はっきり決着をつけたほうがいいと思いますね。

──自分の子や孫に面倒な問題を残さないというのが大人の責任です。

ペマ もうひとつ確認しておくべきは、棚上げという言葉の意昧が、中国と日本では違うということです。中国は、「棚上げしよう」と言っても、その間もしっかり国民を教育しています。日本を一番の仮想敵国として位置づけ、あの領土はいまは日本に占領されているが、本当は自分たち中国のものだから、いずれ取り返さなければならないということを学校の教材に入れて、しっかり次世代に教えているんです。
 日本人はそうした中国側の状況を認識した上で、次代の日本を担う子供に対して、どういった歴史的事実のもとにいまの日本の領土があるのかを、きちんと伝えなければならない。文字通りの無策な棚上げでは、挨を被ってしまって、いざ所有権が問題になったときに、暖昧な主張しかできなくなってしまいますよ。

──表向きは棚上げと言いながら、しっかりと手を打つ中国には、した
たかさを感じますね。

ペマ 一九七二年の日中首脳会談で、「尖閣をどうするか」と切り出したがした田中角栄に、周恩来は「きりがないから、今回触れるのはやめましよう」と先送りしました。そこで、当時の日本の関係者は、尖閣問題について中国は相当理解があると勝手に都合よく解釈して、周恩来を偉大な人物であると評しました。

─いまから考えると、時間稼ぎの方便でした。

ペマ 四十年前の中国の国際的地位は、今とは全く遣います。十年以上続いた文化大革命により、政治的にも経済的にも混乱状態にあり、今の北朝鮮と同じで、国民を養っていくために、諸外国から援助を受けることが、優先されるべき課題でした。そして、自分たちの態勢を整えた今、中国は当然のように権利を主張しています。その主張に正当性があるとは思いませんが、一国家として考えた時、彼らが自分たちのためにやっていることは当たり前のことだと思います。むしろ、中国に過剰におべっかを使いすぎて、何もして来なかった日本のほうがおかしい。今
まで外交や防衛を担当してきた人たちの責任は非常に重いと思います。

中国外交のリアリズム

──一九七八年十月に来日した郡小平は、「こういう問題は十年棚上げにしても構わない」と記者クラブで発言し、翌一九七九年には、チベットについて、「独立を除くすべての問題について、議論の余地はある」という言い方をしています。

ペマ ソ連がアフガニスタンに攻め込んだ一九七九年頃は、中国とソ連との関係は非常に緊張していました。国際社会に受け入れてもらうため、アメリカやヨーロッパの国々に対して、中国は柔軟な姿勢を示す必要がありました。そこで鄧小平は一九七九年三月、ダライ・ラマ法王の実兄を通し、ダライ・ラマ法王に対して、独立以外のあらゆる項目について話し合いと解決の可能性があるとアプローチしたんです。その後、一九七九〜 一九八〇年、ダライ・ラマ法王の亡命政府が派遣するチベットへの調査団を受け入れています。
 尖閣諸島の棚上げもそうですし、チベット問題もそうですが、自国に不利な状況のうちは、とりあえずは柔軟な姿勢を見せるのが中国です。中国は、自分を取り巻く国際環境や、自分自身の力を全部計算して行動しているのです。非常に現実主義的な政治をやってるんですよ。


オークラ出版『撃論』(2012年12月号)より転載。

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