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2013年8月30日 (金)

残念な首相靖国参拝見送り


解決にならぬ先延ばし
歴史を捏造する中国共産党

 また8月15日がやって来た。多くの国々にとって、祖国のために尊い命を捧げた国士たちへの感謝を表すとともに、先祖代々から受け継がれてきた祖国を守るための決意を改めて表す機会、それが日本においては靖国神社への参拝である。

 しかし、日本においては残念ながらこの日、マスコミは神社の境内に結集し、参拝する大臣や政治家を魔女狩りでもするように待ち構えて報道し、それを受けて他国はまた鬼の首をとったかのように批判する。独立国家が、自国の伝統文化と宗教儀式に関して他国から干渉されて良いものでないことは世界の常識である。それにもかかわらず、日本だけは1985年以来、このような不当な干渉を受け入れているのみならず、一部の文化人やマスコミはこぞってその片棒をかついでいる。

 独立国家としての日本は、いつまでこのような批判を許し、屈辱を味わい続けるのだろうか。私はこの問題に終止符を打つ意味でも、安倍内閣こそ内閣総理大臣や閣僚が堂々と参拝をされ、独立国家としての尊厳を保つのではないかと期待を膨らませていたが、数名の閣僚たちが8月15日を前に早々と参拝を見合わせる決意を表した。

 いったん参拝して、後で謝罪したり、言い訳をしたりするよりはマシかもしれないが、あえて参拝しないことをメディアに流すような行為は嘆かわしい。たとえ大臣でも様々な都合で参拝ができないことがあるにしても、特定の国のご機嫌を取るために、あたかも配慮しているかのようにメディアに流してみせることは、祖国のために命を落とした人々に対して無礼な行為であり、一部の声の大きい世論らしきものに対しての迎合にほかならない。

 総理をはじめ閣僚や党の幹部たち、国会議員らが与野党問わず日本国民を代表する立場で堂々と参拝することこそ、主権復帰から既に半世紀以上も経たことを内外に認識させる良いきっかけになるのではないかと私は思う。けっして天は落ちてこないだろうし、地がひっくり返ることもないだろう。せいぜい一時的に中国や韓国などが大使を引き揚げさせることがあっても、それぞれの国の国益の観点から見れば日本と国交を断絶するまでの覚悟はないはずである。むしろ、両国においても真の民族主義者たちは、日本の行為をあっぱれと再認識するだろう。

 今年を逃すことは来年にも同じ選択を余儀なくされることになり、結局は日本人の誇りと真の独立の回復を次の世代に残すことになる。しかも、真実を知る世代の人々が次から次へ他界していくなか、この問題を延ばせば延ばすほど日本にとって不利になると思われる。なぜならば、相手は国家の意思として歴史を捏造し、国民にそれを徹底して教育しているからである。

 このような洗脳教育の成果に関しては、私自身多くの中国人と接して感じることである。例えばチベット問題についても史実に基づく討論はできない。なぜならば、彼らは自分たちの国によって与えられた洗脳教育こそ真実であり、それ以外の常識や真実を容認し、自分自身の考えを改める余裕を与えられていないからである。

 世間的な正義や真実も彼らには通用しない。なぜならば、共産主義のもとでの愛国教育は宗教のようなドグマになっており、それが絶対的な真実と認識しているからだ。しかも、彼らは徹底した教育の結果、自分たちの都合のよい歴史だけは丸暗記に近い形で覚えているため、日本人のようにおとなしい民族で議論を好まない人種は一方的にやられるだけである。ゆえに、先に延ばすことはただの一時しのぎにすぎず、逃避にしかならない。そのような選択は問題の解決にはならない。このことを十分に考慮していただきたい。

 いま、アジアの多くの国々は、アメリカの衰退とともに中国の脅威に不安を抱いている。これらの国々も日本と同じように、中国に対し敵対的環境を作って挑発しようというような考えをまったく持っていない。しかし、その脅威から逃れるため日本にしっかりしてほしいと期待していることも事実である。東南アジアの国々、南西アジアの国々はいやでも中国と関わる以外に選択肢がないなか、日本やインドなどがしっかりすることで、中国とも安心して付き合えるような環境を構築したいと思っている。

 従って、ただ単に経済的な力を持っている国ではなく自己主張と自尊心を持っている国としての日本の出現は、それぞれの国の安全保障に寄与することとして歓迎されるに違いない。

 もちろん日本が自尊心を取り戻すということは、傲慢になるという意味ではない。アメリカとの同盟国として軍事的、経済的な協力関係を強化することは優先事項として大切であるが、アジアの国々の中においても八方美人的・全方位外交のような無色透明な方法よりも、日本国の真の国益とアジアの自由と民主主義と安全を軸に考えた、戦略的な外交を行うことが大切ではないかと考える。

※『世界日報』(2013年8月15日付)より転載。

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