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2014年2月 7日 (金)

都知事選を誤導する「原発」

国政と違う地方の選挙
現実的政策、能力、人格見よ

 民主主義国家において一番有難いことは国民が政府を批判できることである。同時に批判するだけではなく、民主主義社会において国民は政府を支持する義務も当然あると認識すべきである。特に外交政策や国防に関する部分で、国民は自国の政府を支援することは大変大切なことであるし、外交・防衛を成功させるためにも必要不可欠である。
 逆に言うと一党独裁の国家で、政府を批判することもできない国々では、当然国民の信任も受けていない以上、国民に支援する義務はない。民主国家では国民の多数の支持を受けて政権を担当している人間には、一方的な批判に徹するのではなく、対外的にも自国を守る責任も共有している。
 私は安倍首相の外交防衛政策に対し素直に支持したい。特に昨年12月末の安倍首相による靖国参拝には支持を表明したい。評論家などからは中国や韓国との関係を悪化させる要因となったとか、せっかく両国が関係改善の努力をしているのを無駄にしたと言っているようだが、私は両国がそのような努力をしている姿勢は全くなかったと思う。
 むしろ、3 年3カ月続いた民党政権の遠慮がちな姿勢が両国から「弱腰」と解釈され、逆に慰安婦問題など2国間の問題を国際化したり、一方的に防空識別圏を決め付けるなど自に余る挑発行為を招いたと言える。従って、中国や韓国との関係悪化の原因が安倍首相であるかのように言うのは見当違いである。
 もう一つ日本の一部の言論人やマスコミがミスリードしているものは、国際間題と国家の問題と地方自治体の問題とを混同させ、日本の国家の弱体化と国際社会における信用を失わせようとしていることである。これは言うまでもなく国家の存亡に関わる原子力問題を地方自治体の選挙の争点にしようと目論んでいるということである。同様に国際社会への約束事であり、日本が国家として果たすベき2020 年のオリンピックを地方自治体の選挙の争点にすることも非常識であり、国際社会に悪印象を与えることになりかねない。
 確かにどこの国でも首都の知事や首長の地位と役割は普通の知事と違い、重要なポストで権威と権力も比較できないものがある。都知事選は、あくまでも日本の首都として世界に対して誇れる魅力的で便利で暮らしゃすい都市にできるか、手腕を問われる選挙である。
 例えば人口密度が高くなり、ゆとりある暮らしをするためのスペースをいかに拡大し確保するか、東京都民の安全と安心をいかに確保するか、消費税が上昇しつつあるなか一般国民の生活から負担をいかに減らすか、地方から流れてくる若者や外国人などの職場環境と職をいかに確保するか、戦後積極的に作ってきた道路など交通機関が老朽化したものをいかに補修保全して更に便利にしていくかという課題をどうするかなど、要するに都民がいかに豊かで便利な生活を堪能できるかということを議論するのは、東京都民に対する知事の責任ではないだろうか。
 総理大臣の選挙とは根本的に違うことを都民はしっかり認識し都知事を選ぶことが大切である。勿論、日本の中の東京都であるがゆえに、国の政策や政治に直接結びつくものも沢山あることは事実である。例えば観光立国としての日本の首都として、いかに魅力的なサービスを提供できるようにするか、日本ならではの伝統文化、超近代的な都市として機能性を整備することは日本国としての国家利益にも貢献できるはずである。
 都民として私たちは、候補者一人ひとりの政策が現実的で実現可能であるかどうかという点と未来に対して希望を持てるものであるかどうかということ、行政能力などの面のみならず人格的に日本の首都の顔として相応しい人物であるかどうかを中心に、過去の経験などを踏まえながら、各自大切な1票を投じて欲しい。
 未だに世界には生涯、世界人権宣言や国連憲章などで保障されいる基本的人権の恩恵を受けられない人々が何億といる。日本はくの先駆者たちの努力と多大な犠牲のもと、国民は選挙権といういものを手にしている。しかしその権利を放棄したり、その大切な1票で自分自身の生活環境を変えたり、極端なことを言えば運を左右できるということを忘れている。
 現在、中華人民共和国では共産党の上層部で人事を行い、権力闘争を展開し、権力の座についた者は汚職などの名のもと政敵を刑務所に送っている。北朝鮮のように昨日まで権力の頂点に近かった人物でさえも簡単に死刑にされる社会もある。韓国のように民主的に選ばれた大統領は、政権につくや様々な口実で前の権力者を刑務所に送っている。
 幸いにして日本は、私の滞在す48年間、このような悲劇を招くことなく政治が進展するのは民主主義のおかげであり、民主主義の主役は国民一人ひとりであり、武器とも言えるものはそれぞれが持つ1票であると私は痛感している。有権者一人ひとりがその武器を最大限に生かして欲しいと心から願っている。

※『世界日報』(2014年1月27日)より転載。

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