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2016年1月28日 (木)

中台首脳の握手を危惧する

 現象を見て原因を軽視する傾向が現在の日本の指導層に見えるのは残念である。これは政界のみならず財界や言論界でも言えることである。だから、常に問題が生じたときには先々のことや、その本当の原因を考慮せずに、ただパッチワークのようにその時々の対策しか行っておらず、そのためそれによって10年後50年後、あるいは100年後にどのような影響をもたらすのか考えていない。

 たとぇば、石破茂大臣の移民受け入れに関する、安易とも思える「受け入れるべき」といろ発言や、 中国の習近平主席と台湾の馬英九総統の首脳会談に関しても、ひたすら歴史的なことや、90秒にも及ぶ長い握手をしたなどといって他人事のように肯定的に見ている様子も同様である。

 石破大臣は将来この国をリードしうる大物政治家であり政治家としての経験も豊富である。そのような方が日本は宗教や人種などの違いを理由に移民受け入れに消極的になるのはおかしいという発言をするのは、宗教が日本人以外の人々にとってどのように大切なもので簡単に妥協できない民族および個人の価値観として尊厳そのものを表すものであることを忘れていないだろうか。

 多くの難民たちは自分たちの宗教を守るために危険と恐怖を乗り越え、宗教を守るために異国への移住や避難を選択している。彼らにとっては命に代えても簡単に変えられないものである。これは日本などのような多神教で、他の文化や宗教に対し寛容な環境で育てられていないという事実を認識する必要がある。私自身、元難民としてひとりでも多く同じ境遇の人々を救ってくれることを切に願い、そうなれば喜ばしいことと思える一方、日本が逆に今後予想もしな かった宗教問題や民族問題に苦しまなければならないような状況が生じ ることを懸念せざるを得ない。

 日本の場合には、同じ人物が神社の氏子にもなり仏教徒にもなることに何らかの矛盾を感じる人はいないどころか、自ら無神論者であると言いつつ 様々な教団に属し、お守りを買い、それぞれの宗教儀式に参加しても不具合には思っていない。しかし、まだ世界には厳格に信仰を守り、自分たちの譲れない価値観を守るために命を捧げることも惜しまない人々が存在する。従って、日本が難民や移民を受け入れる以上、 彼らの信仰や文化を認め、それを 尊重するfが必要である。

 中国共産党政府の習近平と国民党の台湾総統の馬英九は中国がひとつであることを再確認し、中国はひとつの家族であるということにも認識が一致したと伝えられている。また、両者は抗日歴史書についても共同執筆に前向きな見解を持ったと報じている。中国の国内向けの教育においては、台湾のみならず沖縄までも同国の家族の一員であるという観点をを一貫して見せてきた。今回の「一つの中国」が、中華人民共和国になったのか、中華民国になったのかは明確ではないが、客観情勢から考えてみると、これは中華民国が中華人民共和国に吸収されたと認識することが出来る。

 独裁国家中国の習近平は、そのような歴史的かつ大胆な決断をする力と権限を持っているのだろうが、国内の支持率が10%台に落ち、残りの任期が1力月半ほどでしかない馬英九にそのような権限と権力があるのか疑問である。中国においては残念ながら現在の政治制度では人民の意思は尊重するに値しないが、台湾は少なくとも現段階においては民主国家であり、国民の総意を無視して独断的な言動は許されるであろうか。民主主義を普遍的な価値として大切であると言い続けてきたアメリカや日本が、それを見て見ぬふりをすることにも、誠実さが欠けているようにも見える。アメリカは、すでに中国が台湾を武力解放することには反対であると公言し、武力以外の方法であれば併合することを黙認するかのようなを示している。

 昨年、台湾において学生や市民 による抵抗で、馬英九による中国との経済統合を促進するような条約の締結を阻止することに成功した。しかし、今後同じような民衆の決起があつた場合、中国はひとつの中国の国内問題として受け止め、これを鎮圧するための軍隊もしくは武装警察を大量投入する可能性も出てきたのではないかと危惧している。

 日本の安全保障と東アジアの安定を考えた場合、台湾が中国の配下に入ることは、決して喜んではいられないはずである。台湾の安定は日本の安全に直結していることを認識し、台湾の行方に関心を抱くことは日本の国益と不可分であると考え、台湾の民主的な選挙に対し、中国による恐喝や不当な干渉に対しては注意深く見守り、必要に応じて批判をする勇気と見識を持つべきではないか。

 民主的な制度と国民による自決を求めている台湾の人々に対し、 日本が大きな関心と支持を表すことは将来の日本のためにも不可欠である。

※『世界日報』(2015年11月30日付)に掲載

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