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2016年3月24日 (木)

ダライ・ラマ法王の死を待つ中国

チベットの国璽を偽造

九月八日、チベットで、自治区成立五十周年を記念する大規模な祝賀会が開催されました。祝賀会はラサ市のポタラ宮広場で行われ、人民政 治i会議主席•命正声氏をはじめ、 劉延東副首相、軍総政治部主任張 陽氏など政府、軍の関係者、六十五 人が出席。ラサ市民約ニ万人も参加しました。
祝賀会では中央政府から次のような祝電が届き、発表されました。
「チベット自治区成立は、チベットの歴史に新しい一ページを開いた」
 また一九六五年以降、チベット経済が二十倍も成長していることに触 れ、それは政治の安定、各民族が団結、中央政府と協力した結果だと明 言。私は、そのデ夕ラメな内容の祝 電に怒りをじえませんでした。
  たしかに、自治区成立はチベットにとつて歴史的な一ぺージには間違 いない。しかし、それはチベット人にとって々屈辱の歴史の始まりでしかありません。
  一九五〇年、中国はチベットに人民解放軍を送って侵攻、一九五一年には中国の一部になるよう求める「十七条協定」を押し付けてきました。こ れは、国際的に見れば“侵略”以外の何物でもない。チベットは武力で脅 され、無理やりサインさせられたの です。
  しかもその時、中国は調印に用いるチベットの国璽を偽造しました。
チベットの代表は交渉の際に国璽を 持っていましたが、協定の内容が酷 いので「国璽は持っていない」と中国側に嘘を伝えると、「国璽ならこちらで用意してある」と言つて、本物そつくりに偽造した国璽を捺したのです。
 たしかに、昔に比べてチベット経済は発展しました。飛行場をはじめ、 電車、道路などのインフラも整つたのは事実です。しかし経済発展、インフラの恩恵を受けているのは、中国から来た大量の移住者や軍の関係者、チベットの行政にかかわっている人間だけ。一般のチベット人には 関係のない話なのです。
「政治の安定」という言葉も聞いて呆れてしまいます。本当に政治が安定 しているのならば、今回の五十周年祝賀会でも、参加者を当局が選定したり、人民解放軍、武装警察が常に会場を監視したりする必要はないで しよう。
 それに、自分の体にガソリンをかけて焼身自殺をする人間が百四十二人も出てくるはずはない。しかも、この百四十二人という数も身元の判 明している人だけの数字です。
 最近は焼身自殺の取り締まりが厳しくなり、焼身自殺者の家族や関係者にも追及が及ぶようになったた め、焼身自殺を図る者は身元がわからないように実行するのです。

パンチェン・ラマ師の安否

  五十周年祝賀会二日前の九月六 日、中国政府は記者会見を開き、「チ ベットでの民族自治制度の成功実績」と題する白書を発表しました。
「一九五九年の民主改革と一九六五年の民族地域自治制度の実施以来、 チベットでは新しい社会主義制度が 確立され、同時に経済社会発展も歴 史的に飛躍した。経済の急速な発展と社会の全面的進歩によってチべットの各民族は確実な利益を得て、人民の生存と発展の権利が保障されるとともに社会は調和し、安定してい る」
 チベット自治制度を正当化するもので、五十周年祝賀会での祝電とほ ぼ同じ内容でした。
  その会見では現在、中国に拉致され、消息が不明になつているパンチ エンラマ十一世についての情報も公表しました。
「ラマ氏は普通に生活を送つており、『そつとしておいてほしい』と言 つている」と中国政府は伝えていますが、これも本当かどうか疑わしい。
  中国に拉致されてから二十年もの間、訪中する何人もの指導者たちが パンチエン・ラマ師に会わせてほしいと要請しましたが、中国は応じませんでした。
  会見であんなことを言つたら、却 つて不自然に思われるのは予想のつくことですし、本当なら、公の場に 出てきてパンチエン・ラマ師自身の 口から発言させたほうが中国にとってもプラスのはずです。
  しかし、そうしなかつた。「公に出せない事情があるのでは」「すでに殺されているのでは」と勘繰りたくなります。
  なぜ中国はいま、パンチエン・ラ マ師の情報を公表し、祝賀会や白書 などで「チベット自治制度は成功して いる」と世界にアピールしているので しようか。
  これには、九月二十五日に予定さ れている米中首脳会談が閨係してい ます。アメリカにはチベットの支持 者が大勢いますし、ダライ•ラマ法 王の人気も高い。講演会はいつも満杯です。
 来年、米大統領選挙に突入すれば、 各候補者が激しく中国を批判するこ とが予想されます。習近平主席は彼らの批判を躱すアリバイとして、「チ
ベット自治制度の成功」を世界にアピールしているのです。

欺瞞に満ちた習近平演説

 五月二十三日に行われた「日中友好交流大会」で、習近平が行った演説にも許せない一節がありました。
「日本軍国主義が犯した侵略の罪を隠したり、歴史の真相を歪曲したり することは許されない。日本軍国主義の歴史を歪曲し、美化しようとす るいかなる言動も、中国人民とアジアの被害国の国民は決して許さない」
どの面下げて言うのでしょぅか。
 中国は以前、「チベットは有史以 来、中国の一部だった」と言っていま した。明らかに歴史の歪曲ですが、 次は元(一二七一〜一三六八)の時 代から一部だったと言い始め、現在 は「古代より中国の一部だった」という曖昧な表現を使っています。
  歪曲した歴史でさえコロコロと見 解を変え、一貫性がない。まったく 信用のできない国です。
  また、習近平は九月三日に行われ た「抗日戦争勝利七十周年式典」での 演説で、軍を三十万人削減することを明言し、メディアは大きく取り上 げました。しかし、この「三十万人 削減」発言の裏を読み、分析したメ ディアはなかったように思います。
  この削減される三十万人は基本的に陸軍で、二〇一二年に失脚した薄熙来と繫がりのある人々だと見られ ています。つまり、三十万人削減は自分の派閥闘争を都合よく進めるた めの方便なのです。
  それに、陸軍は基本的に本国を守るための部隊。三十万人削減で浮い た分のカネは、外に出て攻撃を仕掛ける海軍、空軍のために使われることは想像に難くありません。ですか ら三十万人削減発言は、手放しで喜 ベるようなことではないのです。
 一九八〇年代、鄧小平が兵力を百 万人、削減したことがありましたが、 その削減された百万人は、公安警察 や武装警察に流れただけでした。習 近平は鄧小平と同じことをしている にすぎないのです。
今回、もう一つ話題になったのは、 習近平と対立していると見られる江 沢民元国家主席が式典に出席したことです。
 なぜ今回、江沢民は出席したの か。中国国内の官製メディアをチェ ックしていると、あることに気が付きました。海外メディアには江沢民の姿が出ていましたが、中国国内のメディアでは江沢民の映っている映 像、写真は全部カットされているのです。中国中央電視台から始まつて、人民日報など官製メディアは習 平、プーチン大統領、朴槿惠大統領、潘基文国際連合事務総長の姿を出すばかりでした。
「私たちは決して派閥闘争をしているわけではない」と世界に対してさり 気なく印象付けると同時に、「いまは 俺の時代だ」と江沢民に見せつけるわけです。
 ですが、日本の新聞には「三十万人 削減」と見出しがついているだけで、 深く掘り下げた分析はありませんで した。
 日本のメディアには中国の言葉を単純に捉えるだけではなく、その裏にある意図、背景などをしっかりと分析してほしいと思います。

“三つの勢力”の取り締まり

 中国は昨年から、“三つの勢力”の 取り締まりを強化すると発表しました。
 第一の勢力は分裂主義。これはチベット、ウィグルなどを指しています。
 第二は過激主義。これは宗教を指しています。ことに近年、中国はキリスト教徒に対する弾圧を強めており、この一年半だけでも五十の教会を破壊、一千三百人の信者を逮捕したといぅ情報があります。信者だけでなく信者の関係者、弁護士も逮捕している。中国はキリスト教を通じて、西洋の民主主義が入ってくることがよほど怖いと見えます。
 パデュー大学で社会学を研究する フェンガン・ヤン教授の研究によれば、二〇三〇年には中国のキリスト教人口は二億四千七百万人に上り、 世界一キリスト教徒を抱える国にな るとの試算があります。ために、いまから弾圧を強めているのでしよう。
 第三はテロリズム。現在、中国は 「テロリスト=ウイグル族」と定義し ています。
 二〇一三年に起きた天安門広場自動車突入事件や、タイのバンコクで 今年八月に起きた爆弾テロも中国はウイグル人の犯行だと断定し、弾圧 する口実にしています。
 以上の三つの勢力と中国は徹底的 に戦うとしていますが、裏を返せば アメリカや日本以上に、この三つの勢力を中国は脅威に感じているとも 言え、これらへの弾圧はますますエスカレートしていくことが予想され ます。

法王は問題を解くカギ

 三つの勢力と同等に中国が脅威を 抱いているのが、ダライ・ラマ法王 の存在です。私はこれまで、チベット問題に関して中国側と十五年間、直接、間接的に交渉などをしてきましたが、彼らは法王をチベット問題 の元凶と思い込んでいる。私は中国 側によくこう言っていました。
「法王は問題を解くカギだ。決して法王自体が元凶なのではない」
 しかし、私の言葉は理解してもらえず、法王への批判、弾圧は強まるばかりでした。
 中国当局は二〇〇七年、法王をはじめとする活仏の高僧が、生まれ変わりの子供を探して後継者に選ぶチベット仏教の伝統「活仏転生制度」に 介入し、法王の後継者選びは当局の認定を受けなければならない「チべッ ト仏教活仏転生管理弁法(規制)」をつくりました。
 無神論の共産党が活仏転生にかか わるのですからおかしな話なのです が、偽の後継者を仕立てれば、チべ ットだけでなくチベット仏教の国、
モンゴル、ロシア領内のカルムイク共和国、ブリヤート共和国などを掌 握できる。
 この法律に対抗するため、法王は 「自分が最後のダライ・ラマかもしれ ない」との発言をし始めました。法王の影響力は絶大ですから、法王自身 が「自分が最後のダライ•ラマだ」と 発表してしまえば、中国がいくら偽 の後継者を仕立ててもチベット仏教 の国々は信じません。右の法律を無 効化できるのです。

中国の野望を阻止するには

 あまりに恐ろしいことで口に出すことも憚られますが、中国はいま、 ダライ•ラマ法王が他界するのを待っています。
 中国が二〇〇九年から亡命政府との正式な対話を打ち切つたのも、法王が亡くなるまでの時間稼ぎが目的でしょう。法王がいなくなれば必然 的にチベット、亡命政府が瓦解すると考えているのです。
 中国には昔から囲師必闕(必ず逃げ道を開け、窮地に追い込んだ敵には攻撃をしかけてはならない)という言葉があります。昔の中国には、 まだこの言葉が生きていました。
 一九五九年、ダライ・ラマ法王が チベットからインドに逃れた時のこ とです。途中のヒマラヤ山脈を越える時に、ヘリコプターに乗った中国 の追っ手が法王を発見した。追っ手は毛沢東に「発砲の許可をください」 と言うと、毛沢東は「放っておけ。いずれ餓死する」と、追い詰めることが できたにもかかわらず、見逃しまし た。
 ですが習近平体制になつて以降、 それが変わってきている気がしてな りません。
 習近平が就任してから掲げている 「中国の夢」はかつて中国が直接的、 間接的に影響を及ぼした地域、国を 取り戻すことです。そのタ^~ゲット のなかにはもちろん、日本の沖縄や尖閣諸島も入っている。チベット問 題、ウイグル問題同様、これらの領土の主権も自分たちの核心的利益で あると言い続けています。
 中国の野望を阻止するためにも、 先述したように、日本などがしっか り中国の動向に目を光らせ、中国側の言葉を鵜呑みにすることなく、そ の裏にある意図を分析する必要があ るのです。

※ 『 WiLL 』 (2015年11月号) 掲載

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