政治批評

2016年8月15日 (月)

能力と道徳で知事を選べ

首都のトップも国の顔
テレビの人気投票にするな

 金銭問題で東京都知事が立て続けに辞職した。一都民として実に残念である。東京都知事はロンドン、パリ、北京、ニユーヨークな どの市長同様、国の首都の行政トップとして極めて重要なポストであり、権威、権力は首相の次程度の重要な地位である。フランス歴 代の首相や大統領がパリの市長経験者であることからも分かるように、国の中核である首都の卜ップ は、一地方行政のトップというよりも国の顔のひとつである。
 今回の舛添都知事辞職に関しては、様々な側面から色々な立場の人々がコメントをしているので、特にここで改めてコメントする必 要は無いだろう。ただ一つだけ意見として表れていないものは法律の問題よりも、人間として守るベき道徳の欠如の問題があると思 う。
 しかし、次期知事候補者として舛添氏が辞職を表明した後に挙がっている名前を見ると、残念ながら選挙民にも、また、政党にも、マスコミにもそのような反省は見られなかった。依然として知名度優先の人気投票のような気分で候補者を選ぼうとするような雰囲気がある。 例えば、真っ先に有力候補として名前が挙がっている民進党参院議員の蓮舫さんは、政権にあったとき事業仕分け人として「2位じやだめなんですか」などと述べた。
 ナンバー1を目指すことはバカバカしいというような考えの持ち主を、「ナンバー1」つまり1位の金メダルを夢見て日夜奮闘してきた選手たちが活躍するオリンピックの主催都市の主役にしようとしたことは大きな矛盾である。
 他に名前の挙がった人たちに関しても、テレビやメディアに出る露出度が候響の絶対的な必要条件のように誤認されているように思う。これでは前の2人の知事が辞めなければならなかったことの本質的な問題を見ておらず、何らかの過去の過ちに対する反省の色が見られない。
 次の都知事に対して私たちが望むのは、行政経験豊かで政治に対してに真剣に取り組んできた人物で、派手ではなくても真面目に公約を果たし、都民の幸せを重んじ、国家の利益を追求できる人物である。政治を玩具のように途中で投げ出しては次のポス卜を目指す、タレン卜政治家の名前も挙がったが、私から見ると東京都現職の副知事である安藤立美氏のような行政能力のある人の名前が出てこないのも腑に落ちな
い。
 確かに、地味でありタレン卜性はややもすれば不足かもしれないが、東京都の混乱に終止符を打ち、来る2020年のオリンピックまでに東京都への信頼回復と日本の名誉を取り戻すには適任であると思う。
 日本では、本来であれば良識と公正・公平さをもって真実を追求し、その事実を読者や視聴者に伝え、建設的な世論に貢献すベきメディアが、現在行われている参議院選挙など国政選挙や地方自治の要である東京都の都知事選挙も商業べースでしか考えていない様子であり、AKB48の「総選挙」並みの商業べースでしかこの深刻な問題を取り上げていないように見える。
 例えば、日本の主権が危機にさらされており、今月9日にも中国のスパイの軍艦が日本の領海を侵した問題の重要性に関しては、政治家 になろうとする人々でさえも、このような自国が置かれている危機的状況の認識が希薄であり、目下の参議院選挙で選挙運動に走っている候補者の60%はこの重要な問題を後回しにして経済再建を選挙の争点にしようとしている。国の経済発展は国内外が安定して平和でなければ成し遂げられないものであることを忘れているのではないか。
 NHKの「日曜討論」などを見ていると、共産党、民進党、社民党、生活の党と山本郎となかまたちなどは、国家の安定や安全保障を無視して経済成長を要求し、矛先を安倍首相のみに向けているようだが、それは魔法法使いでもない限り、世界の常識としては期待できないものである。
 今回の中国の度重なる挑発的領海侵犯に対し、日本の外務次官の齋木昭隆氏が夜中の2時に中国の大使を呼び付けて抗議をしたのは、今までの日本から見れば主権国家としての存在を中国だけでなく他の国々にも十分に示すことができたものであり、評価に値する。だが、現段階では海上保安庁中心の巡視船によるパ卜ロールに対し、中国は日本の自衛隊が即行動できないことを読んで隙を見て挑発するに違いない。国会議員になろうという方々は、自国民の生命と財産、国土を守る賁任があることを自覚していなければ国政に出馬する資格などあるのだろう
か。
 最後に今回の都知事選に女性をという動きもある。勿論、女性にも有能な人たちが沢山いることは間違いないし、女性が知事や首相になることも大賛成だが、風潮として女性であることを基準にするのはいかがなものか。いずれにしても私たち選挙民は、人気投票をするのではなく、東京都やこの国の未来を託すに相応しい人物を選ぶことが国民として、都民としての義務であろう。

※『世界日報』(2016年6月27日号)に掲載

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2016年5月16日 (月)

平和に貢献する安保法成立

野党とマスコミに失望 反対デモは中国大使館前へ

 平和安全関連の法案が国会で成立したことで、一安心した。与野党の議員の皆様、閣僚の皆様が眠気と戦って頑張って 来られたことに対し敬意を表したい。安倍首相におかれましては有言実行の姿勢を貫き、日本の安全保障のみならず、ア ジアの平和と繁栄のために日本が貢献できる環境がこれで少し良くなったと思うので、今後さらに建設的、積極的に平和外交のため頑張っていただきたい。

 私は9月18日、ある仕事のため議員会館に行き、途中プラカードを持った法案反対派の人々の、彼らなりに必死の行動 が場違いの所で行われているように思った。「戦争するな」というスローガンは 私にも理解できないものではない。だが 私は、彼らが本当に戦争を回避したいの であれば、デモは中国大使館の前で行うべきではないかと思った。

 9月3日の北京における抗日勝利70周年の軍事大パレード、9月3日チベットにおける自治区成立65周年の軍事大パレ ード。これらのパレードで最新式の兵器をこれみよがしに披露していたのは何を意味しているのか、あの反対集会の人々は考えたこともあるのか大きな疑問を感じた。この北京とラサにおける軍事パレ —ドの前後から、警察、武装警察、公安当局によって一般市民の言動は厳しく監視され、当日は当局によって選定された 人々のみが式典に参加することを許され ていた。

 日本は少なくともあのような民主主義 が保障されている。ルールや討論を無視して行動する人々は中国であれば当局によって連行される。場合によっては二度と娑婆に出ることはないような体制こそが独裁国家の本質であり、今、日本ではむしろ民主主義の制度を濫用し、自らの正当な権利を放棄しているようにも私に は見える。

 また、同時に日本で平和主義者たちが平和安全法制を「戦争法」と決め付け 国会でも野党議員が自分を売り込むための様々なパフォーマンスをしている間、中国は着実に南シナ海での軍事基地の強化を拡大していた。

   このたびの法案に対する野党の方々とメディアの基本姿勢にも失望した。なぜならメディアは法案に対する公正な報道に欠けていたからである。例えば反対デモや集会が賛成よりも何倍多くとも、賛 成の集会やシンポジウムがあつたにも拘わらず、殆ど無視されていた。新聞に登 場する言論人も、メディアの都合に合う人物だけに焦点が合い、少数の意見と真 剣な議論をする環境をなしていなかったと思うのは私だけではないはずである。

    野党の方々は建設的な代案を示すこと もなく、議事を妨害するための物理的な 抵抗に転じ、ただ法案が通過するのを数時間、数日遅らせることだけに専念しているように見えた。これでは自ら民主主義のルールに従っての健全な議論を妨害し、放棄しただけであって、自分たちの利に合わないことには強行採決と言って批判する資格はないように思った。私は2日間テレビ中継を深夜まで見守っていた。

  野党のひとり山本太郎氏は採決の際、 喪服姿で合掌し、しかも私の見間違えでなければ数珠まで持って「民主主義が死 んだ」と言っていた。私は彼が政治に関 心を持ち、政界に出た頃は機会あるごとに期待感を抱き、彼の言論に耳を傾けた。それだけに、その後の彼のパフォーマン ス的な言動を見て、役者としては優秀かもしれないが、パフォーマンスの場を間 違えているように思った。民主主義を殺したのは誰か、自分たちの民主主義を守 るためのルールを無視しているのは誰 か、山本氏たちは与党に人差し指で指さすとき、自分たちには三本の指が向いていることを忘れてはならない。

   9月19日未明の参議院での採決後のNHKの田中記者による与野党のコメントの求め方も、その後のNHKの論説級の人々のまとめ方も完全に偏ったものであったと感じた。この法案が通過したことによってアジアの平和と安定にいかに寄 与できるかという観点からの視点が全く見られず、問題点ばかりを指摘していた。

 実際私が法案通過後のアジアの反応を見 たところ、NHKを含む日本の主要メデ イアと似た論評をしているのは中国くら いであったように思う。

  1990年代初頭フイリピンは世論と議会によつてアメリカの基地を追い出し た結果、中国がフイリピン固有の領土領海を侵し、ある漁船の船長の話では、最 近中国から不法侵入してくる船の数と頻度が多くなり、今では数え切れなくなったと嘆き、政府の対応に批判をしていた。 そのフイリピンは今、再びアメリカの援 助と介入を求めるようになっている。アメリカも待っていたようにフイリピンを 去ったことでアジアの平和と安定が崩れ たことを再認識し、自国の利益のためにもアジアの重要性を痛感し、再びフイリ ピン政府との間で防衛協定に合意した。

 日本で今回の法案が成立したことで日 本の平和外交の後ろ盾としてなり、より 外交を行いやすくなったと思う。安倍政権はこれらの法律を有効に活用し、今月末国連でも積極的に自信を持って平和外交に臨み、日本の役割と存在感を示して 欲しい。

  ※『世界日報』(2015年9月28日付)に掲載

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現在を反省すべき中国共産党

弾圧続くチベットなど 希望ある安倍首相70年談話

  日本はサンフランシスコ講和条約で7 年間の屈辱的な占領下支配から主権を法 的に回復した。そして今回の安倍首相の歴史に残る戦後70年を包括する談話をも って精神的にも独立国家として新たな一 歩を歩み始めた。安倍首相の談話が発表されるまで、内心多少の不安を抱いてい たが、あの談話を読んで首相の心労を痛感しながら言葉一つ一つの意味を深読し 安堵するとともに敬服した。

 特に、私たちの子や孫その先の人々ま でに謝らせないという決意と侵略、植民地支配と永遠に決別し自由と民主主義、 民族自決権、法の支配を尊重する世界を構築するという決意は現在21世紀においても諸民族の民族自決権を踏みにじり、植民地支配を行つている国の指導者たち にとって、耳の痛い強いメッセージであ つたと私は受け止めている。そしてこれ から先、日本は積極的平和主義の旗を掲げ、世界の平和と繁栄に貢献していくと いうメツセーシはアジアはもとより世 界各国に対する日本の強い意思表示であったと重ねて受け止めている。

  8月15日、靖国神社境内において開催された「終戦70年若人の集い」に参列し たベトナム、ミャンマー、インド、バン グラデッシュなどアジア各国の若者たちも、安倍首相の積極的平和主義に対しては大変好評で、日本に対する期待を強く抱いており、独立国家としての日本が今後アジアと世界の平和と繁栄に積極的にリーダーシップを発揮するだろうと、歓迎すると異口同音に話していた。

  かつて、日本が西洋の植民地支配から アジアの国々の独立のために大きな原動力を与えたように、今日のアジアの困難に関しても日本が独立国家としての尊厳を示したことによって、新たなインスピレーションを与えられたという実感を持った。日本がどんなに誠意を尽くしても 納得いかない分子は国内外に存在するが、今回の安倍首相の談話は過去を包括的に検証し、未来への希望を持たせるものであったということは大きな意味を持 つと私は確信している。

 戦後日本のどの首相も出来なかったこ とを安倍首相は成し遂げたと考え、安倍 首相の"産婆術”的な手法はこれからの 国際政治のあり方にも大きな影響を持つ だろう。首相談話についてはこれ以上申し上げることよりも、これからの世界の 変貌を見届けたいということで締めくく りたい。

 今の世界情勢を見ると、国際社会の秩序に挑戦し続けている中国は、国内において民族浄化、宗教弾圧、言論や思想の統制を日に増して強化し続けている。我 がチベットにおいても民族自決と独立を 掲げる多くの人々が獄中で非人道的な拷問を受け続けている。先月初め、チべットの高僧テンジン・デレク•リンポチエ が獄死したことが明らかになった。

 当局は彼に小規模な爆破事件に関与したとして終身刑を言い渡していたが、先 月獄中で死亡したことを認め、度重なる嘆願の末遺骨を親族に返還したという。これは死因を不明確にするためのカモフ ラージユだとして、チベット各地から抗議の声が上がるほか、海外においてもチ ベット人はもとより、支持者たちから中国政府に対するデモなどに発展している。

 テンジン•デレク・リンポチェに限ら ず、中国によって獄中で拷問などの理由で亡くなった人の数は数え切れない。最近中国はチベット全土において当局による締め付けが強化され、軍事演習なども頻繁に行われている。

 チベットのみならず中国でも習近平体 制の下、中国人の民主化運動に関わって いる言論人、弁護士などの逮捕も相次いでいることは、日本の新聞にも報道され ているが、これは現状の一部に過ぎない。 今、世界に対し、人類に対して深く反省し、謝らなければならないのは中国共産党政権である。

 その中国は国内で経済問題など抱えている現状を踏まえ、今回の安倍首相の70 年談話についても予想よりは柔軟とは言え、相変わらず批判をしている中国こそ我が身を反省し、21世紀の国際社会のー員として共産党一党独裁を解体し、周辺諸民族の自決権を尊重すべきであろう。 日本国内の中国擁護者の人々に申し上げたいことは、本当に平和を望み民主主義の制度を重んじ、そして人権が人類の普遍的な価値であるとすれば、中国に対し 冷静な目で見る勇気を持って欲しいということである。そして幻想的な平和主義から目覚め、現実に今世界の平和と安定 を脅かしつつあるのは、誰なのかを率直 に見極めて欲しい。

   日本のマスコミも真実を公平公正に見 て伝える立場を義務として、今の世界を 自分たちのイデオロギーや先入観から離脱し、真実と正義を伝える役目を果たすべきではないだろうか。もし日本のマスコミが自ら先入観やイデオロギーから離れ、真実を追求し、世界の平和を願うの であれば今日本の国会に提出している平和安全法制を戦争法などと決め付けず、 早急の実現に寄与することこそ真の平和の確立につながるのでははないだろうか。

  ※『世界日報』(2015年8月23日付)に掲載

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参院は良識ある安保審議を

猛スピードの中国軍拡 嘆かわしい衆院野党の行動 

 先日、国会の予算委員会でプラカード を持った人たちの写真を見て一瞬、「こ れは大変だ」と思った。日本国の「国権 の最高機関で、国の唯一の立法機関」に デモ隊が入り込み占拠されていると思 い、注意深く新聞に目を近づけて読むと、 何か顔なじみの国会議員が芝居がかった 泣き面をしていたり、怒っているような 顔をして写っていた。デモ隊の乱入でな いことで少しは安堵したものの、国会議 員の品位のなさにはがっかりした。

 日本の英字新聞だったが、記事の内容 は野党議員の振る舞いよりも与党の強行 採決を批判するようなものであった。国家の安全保障と相撲は次元の違うもので あることは承知しているが、外国生まれ の大関や横綱には日本の品位を求めなが ら、それを国会議員に求めない日本のメ ディアにも疑問を感じた。

 民主主義は御都合主義ではなく、高度な理念に基づく政治制度で、ルールを尊 重するものであったはずではないだろうか。野党議員は今回の安全保障関係の法案を本当に自分の信念に基づいて阻止し たいのであれば、まずはもっと真摯に議論し、建設的な代案を出すべきであり、 その意志も能力もないのに採決を反対するというのは非論理的である。議論を尽くし、何か今までと違うアイディアでも 提案するならともかく、いたずらに採決 を先送りすることは、税金と時間の無駄 遣いになるだけだ。もちろん議員は委員 会の時間が長ければ長いほど手当がつくから良いのかもしれないが、それでは余りにも不正であると言わざるを得ない。

  私が以上のような私見をある人に愚痴ったところ、その方は半分冗談で「委員 長が、賛成の方ご起立願います、と言った時に野党の議員も一斉に立ったのです から、彼らも内心賛成して満場一致で法案を通したのでしよう。しかし、それで は日頃の言動と一致しないので、格好をつけてプラカードを立て一応反対の姿勢を守ろうと演出していただけ」とおつし ゃつた。

  確かにそういう解釈も可能であるが、 彼らにはそのような芸当をする政治的な 手腕があるとは思えない。残念ながら、 彼らはやみくもに反対することが目的になつていて、国益と平和について考えていない。今、日本の周りに何が起きてい るかを真剣に芩えれば、「戦争反対」と叫んでいる人たちこそ、戦争を阻止するための法整備を阻害し、結果戦争を招くようなことをしている。

  米国を始めとする、日本以外の多くの 民主国家の場合、外交と防衛に関しては各政党間に基本的には大きな違いはない。つまり、各論で手法や規模で違いがあつても、総論、つまり国益の基本に関わる問題では常に共通認識を持ち合わせている。日本を取り巻く国際情勢が緊迫している状況認識を持たない政治家や言論人は、どこか国家や国益という価値観を持たない人種になってしまっている。

  中国がフィリピン領域の南沙諸島で、 岩礁や暗礁の上に人工島を強引に建設し、港や滑走路を作り、そこを軍事基地化している現実や、1980年から軍事予算を40倍にも増強している事実を、野党の議員たち、日本の世論のリーダーた ちはどのように考えているのであろうか。既に空母も入手し、新しい戦闘機、 潜水艦の開発を猛スピードで強行し、東シナ海、南シナ海を中心に、蛸の手のように伸びて来ている中国の挑発的行動に危機感を抱かないのは、国際平和への無 関心なのか、あるいは敵が直接日本の領 土を襲ってくるまで高見の見物を決め込 んで、アジアの危機だけではなく、日本 自身の安全保障も考える必要はないと言うことなのだろうか。

   一部のメディアは、今回衆讓院で可決 された一連の法律案を「戦争をするための法幣備」と批判しているが、それは国際情勢の認識からすれば正反対である。 むしろ、アメリカとの関係を強化し、集団的自衛権を法制化し、法治国家日本として法整備を行い、日本固有の領土である尖閣諸島のみならず、日本とアジアの平和構築、平和維持に直結する東シナ海、南シナ海の領域の緊張緩和に寄与するための備えであり、アジアの自由と平和を守るための精一杯の応急措置な のである。

 参議院には良識の府として、日本が責 任あるアジアの先進民主国家として真摯に議論し、中国共産党一党独裁の覊権主 義からアジアを守るための対策として今回の安全保障関連の法案を可決し、日本 及びアジア全体の平和と国際秩序を脅か している勢力の台頭を抑止することが急 務であるという認識に立って行動するこ とを期待したいものだ。

  安倍首相が急ぎ過ぎだという批判があ るが、待ってくれないのは日本を取り巻く国際情勢であり、安倍首相は日本国民と日本を守り、緊迫するアジアの平和と自由を守るべく、機を逃さないよう奮闘しているのだ。政治家には運も大切だが、 正しいことを誠心誠意を尽くして不動の 精神で貫けば、また運も付いてくるもの だ。

  ※『世界日報』(2015年7月28日付)に掲載

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2016年1月28日 (木)

重要度増すアジアにおける日本の役割

新年、明けましておめでとぅございま す。
昨年は教団立教九十周年の歴史的な祝賀記念行事が厳粛かつ豪華に挙行され大変感動しました。改めて教団幹部の皆様の明快な指導力と、会員の皆様の揺るぎない信仰に根ざした菩薩行の実践に対し敬意と感謝の意を表するとともに、皆様の御尽力が実り、立教九十年の諸祭が大成功したことを重ねて御祝い申し上げます。

貴教団のご努力にも関わらず、日本では主要メディアを始めに、無明から覚醒しない勢力が強く、国が直面している危機的状況を無視して幻想的な平和を唱えている人々がミスリードしようとしており、大きな問題が日本の将来に影を落としているのが現実です。

彼らは昨年九月十九日、国会で成立した安全保障関連法を「戦争法」と決めつけて国会や国会周辺などで大規模のデモを行い、法案成立の阻止を企てました。幸い法律は成立したものの、今年もあらゆる手段で、それこそ平和と安定をもたらす法律の執行を邪魔するでしょぅ。彼らは激変している世界情勢の実態を全く理解していません。

貴教団の皆様は既にご承知の話かとは思いますが、この機会を通じて私の専門 野であるアジア情勢、特にアジアの三大国、日本、インド、中国の変貌を通して日本の位置付けを考えたいと思います。

今回の一連の法律はまさに日本国の安全とアジア地域の安定、そして世界の平和の維持のために欠かせない、緊急かつ重要なものであるのは常識的に考えれば理解できるものなのに、主要メディアや一部の学識者がなぜ「戦争法」として認識してしまうのでしょうか。浅学な私ではありますが、実際に戦争を体験し、祖 国を奪われ、同胞達百万人以上が命を奪われ、信仰と思想、表現の自由を抑圧さ れている現状で生きている身からすると、彼らを別世界の人間のようにすら思う時があります。だからこそ日本の将来に不安を抱き、なんとか日本が国家とし て民族として誇りを持って自主独立の立場を守り続けて欲しいと願っています。

戦後史に沿ってアジアの変化を箇条書き的に再検証してみます。
①先の大戦の結果日本は七年間の屈辱的な占領を受け、その中で一九四七年、現在の懣法が占領軍の指示ないし誘導のもとに作られた。この時中華人民共和国は この世に存在せず、当時の中華民国は内戦状態にあった。

② 多くのアジアの国々は、一九四七年前後に独立を勝ち取った。アジアの勇士達は日本と共に西欧植民地から澥放と独立のために戦った。日本が身を以てアジアの解放のために戦った結果、インド、パキス夕ンなどインド亜大陸とマレー半島は英国から、インドシナ三力国はフランスから、インドネシアがオランダから、そしてフィリピンがアメリカから独立した。戦後間もない時期のアジアの指導者達が、異口同音に日本の犠牲によって各々の国の独立が加速され、具現化したと 感謝を述べていたにもかかわらず、日本ではその真実が知られていない。

③ 一九四九年に中華人民共和国が成立して以来、アジアの地政学が大きく変わった。日本軍の引き上げ後、南モンゴルに侵入した中華民国は一九四七年、モンゴルを自治区化し、その後北京政府は東卜ルキスタンを占領し、一九五五年にウイグル自治区が成立した。一九四九年の共産党政権は同党の勝利宣言と同時にチべッ卜の宗主権を歪曲し併合を宣言し、一九六五年には自治区化した。「自治区」とは名ばかりで実際は植民地化であり、今日も同化政策政策と民族浄化を加速的に推し進めている。チべットが不干渉地帯としての役割を失った結果、中国はアジアの盟主としてインドと交わした平和五原則の協定を裏切り、インドに侵略しようとした。また領土問題をめぐって同じ共産主義国家である旧ソ連やべ卜ナムとも一戦を交え、中眉の領土拡張主義、覇権主義が明確に露呈した。

④冷戦時代の激しい米ソ対立を背景に 十年間の「文化大革命」の混乱のどん底にあった中国を手助けしたアメリカからの要請もあり、日本はこの国の「四つの近代化」政策を献身的に支援した。その結果中国は大躍進し、今や経済的、軍事的にもアジアだけに留まらず世界の覇権を争う存在となった。日本の善意を仇で返すように反日教育を推し進め、日本固有の領土である尖閣諸島の領有権を主張するだけでなく、日本の領空、領海を度重ねて侵犯し、東シナ海、南シナ海領域の国々の領海にもクレームをつけ、公海を勝手に埋め立て、軍事用施設などを建設して、アジアの安定と平和の秩序を乱している。

⑤世界の警察役を自負してきたアメリカは、オバマ大統領自ら、もはやアメリカは世界の警察の役割を果たせないと断言している。アメリカは総合的国力の意味では未だトップにあるものの、体力気力ともに低下し、衰退している。

以上五つの要点から考え旮と、世界は大きく変わり、特に日本を取り巻く情勢は完全に変化しました。日本は北朝鮮、 中国、ロシアなど、日本に対して友好的ではない核保有国に包囲されていることを忘れてはなりません。アジア各国は日本が再び真の自由と民主主義を護り、地域の安全と繁栄のためにしっかりと役割を果すことを期待しています。しかし同時にそれを阻止しよぅとする勢力も活発に活動しています。

 私は貴教団が今後もこの世を阿弥陀仏の净化のため、日本の危機的状態を克服するために先頭に立って導き、実践されることを祈願し、微力ながら共に戦う決意を新たに精進したいと存じます。最後に皇室の繁栄と日本国の安泰、世界の平和、貴教団の益々の繁栄を祈願し、謹んで新年のご挨拶に代えさせて頂きます。

※念法真教『鶯乃聲』(平成28年1月号)掲載

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2015年6月23日 (火)

大訪中団歓迎に騙されるな

国際秩序を脅かす中国
毅然とした姿勢を貫徹せよ

  中国はまたもや日本を騙そうとしている。3000人の大代表団を率いて北京を訪問した二階自民党総務会長たちの歓迎会に習近平主席自ら出向き、「日中関係発展を重視する基本方針は変わらず今後も変わらない」と述べたことで、一部の日本の政治家や言論人、マスコミはほっと安堵を覚える形で中国は日中関係の改善に意欲を示していると評価し、中国側が一歩譲ってきたような解釈をしている。
  同じ挨拶の中で「日本軍国主義の侵略の罪を覆い隠し、歴史の真相を歪曲することは許されない」と習主席が言ったことに対しても、歴史認識問題を巡る原則的な立場を強調し、日本を牽制したと加えている。解説者によっては中国は過去の歴史的問題と現在の日中関係の重要性を分けている、つまり中国は日中関係が重要だということをはっきり示してい ると、習主席の発言を肯定的に見ている。
  また、習主席は両国の関係が順調に発展していないときこそ、民間交流の強化が必要だと述べ、このことに対し二階総務会長も「日中関係を支えているのはその時々の政治情勢に左右されない民間レベルの深い人的交流だ。引き続き努力したい」と習主席の言葉に応えている。確かに国と国の間において民間レベルで交流を深め、親善を促進することは大切である。しかし、それは双方が互いに信頼し、お互いを騙すような裏切り行為をしないという前提が必要だ。中国の今までの言動を見ても、それを 確実に守ったという歴史は残念ながら、無い。そもそも日本の政治家や国民が持っているような個々の自由意思で発言し、行動するような自由が中国には重ねて残念な がら存在していない。
今、中国が低姿勢に出ているのは三つの大きな要因があると私は思う。第一の要因は中国自らの度重なるアジア、特に南シナ海や東シナ海などにおける軍による挑発的な行為に対し、アメリカやアジ の国々が強く抵抗し、その中において先のバンドン会讓やアメリ力の上院と下院の合同委員会で、 安倍首相の毅然とした尊厳に満ちた発言が中国や韓国以外のところで評価されているということ。
  第二に中国のアジアにおける経済覇権を目論んだAIIB (アジアインフラ投資銀行) に対し、日本が少なくとも現段階において中国の思惑通りに進んでいないこと、第三に中国の経済が伸び悩み、 成長に限界を感じていることなどから日本が無視できない存在になっているからである。 だから中国は今、あらゆる手を使って日本を何らかの形で利用していきたい、或いは日本の重要性が高まったからである。
この度、二階総務会長は公然の席で安倍首相からの親書を習主席に手渡したと報じられている。安倍首相の親書の誠意に対しては疑う余地も無いが、あの場で手渡したことは十分に計算された演出であり、少なくとも中国の民衆に対し、安倍首相の親書を日本からの白旗のように中国の人民に印象づける形となった。 つまり、習主席としては自分の方から譲歩したものでなく、日本から頭 を下げてきたということを中国の人民にアピールしたと言える。
それと同時に、あの場での日本軍国主義の侵略の罪に触れ、特に日本側が歴史の真相を歪曲することを許せないとの発言は、安倍首相の戦後70年の首相談話の内容に対し圧力を掛ける狙いがあったと思う。また更に過去の責任は一部の軍国主義者にあり、日本人民も 被害者であったと強調していることも、日本の世論を意識した発言であるとみるべきだ。
アジアの主要国である日本と中国の関係が友好的でありアジアの安定を保つことは、両国のみならず世界にとっても有益であることは言うまでもないが、その国際秩序を著しく脅かし、まさに軍国主義を丸出しにしているのは中国自身の昨今の言動を見れば明白である。
  もう一つのアジアの大国であるインドのモディ首相が5月14日から16日にかけて中国を訪問し、元首並みの手厚い歓迎を受けた。しかし、一方においてはモディ首相の到着日に中国政府のテレビはインドの力シミール州とアルナチャル州抜きのインドの地図を使用した。このことを受けて、インドのメディアは厳しく反論し、民衆も怒りを露わにした。あるインドの新聞は、中国は前からは両手でハグし、その手で後ろから刺すような行為をするのであると強く反発した。これは今まで中国に度々信頼を裏切られたインドならではの反応である。日本ももう十分に同じような反応があってもおかしくないのではないか。
  私は日本から中国に挑発する必要性も理由もないが、今までの姿勢を貫くことが、今後の日中関係を真の意味で半永久的な友好関係を築くため必要であると思う。安倍首相は中国から好まれなくとも尊敬される首相となって、中国との平等の関係を構築するため今の姿勢を貫いていくことを希望する。同様に日本国民も主権国家の国民としての自覚と覚悟を持って世界に対し、主権国家としての存在感を示して欲しい。

※『世界日報』(2015年5月31日付)掲載

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2015年3月17日 (火)

長期的展望でODA大綱改正を

積極的平和主義へ一石
国連で相応しい位置を得よ

 日本国政府はODA(政府開発援助)に関する大綱の改正を行おうとしている。これは日本国にとって大変重要なことであると考え、その方針に対して賛同するものである。特に注目すべきところ は日本国の国益に即した形で行うという部分である。今までアジアの多くの国々に多額の援助をしてきたにもかかわらず、その相手国の国民に十分に伝わっていなかったり、或いは援助に対しての十分な感謝と正当な評価すらしていない国が存在している。

 従って今回の安倍政権による見直しは今まで歴代政権が放置してきたものである。このODAのあり方を再構築する上において、私は相手国に対しての援助の仕方の検討だけではなく、国内外に存在する政府の援助に群がっているブローカー的な存在に対しても十分な検証が必要と考える。そのためには政府の援助に対して効果的に活用しているかどうかを調査する公平公正な機関を設置すベきである。

 日本は敗戦後、自国の経済を復興させたのみならず、東南アジアや韓国、中国などの経済発展の基礎作りに多大な貢献をしてきた。また、国連においても難民高等弁務官をはじめとして同機関の様々なプロジェクトに日本は寛大な協力をしてきたことは周知の通りである。本来、我々東洋人は他を助けたことを自慢したり、自ら宣伝することは良しとしない。そのために日本政府も必要以上な宣伝をしなかったかもしれない。

 だが今、日本は時代の変化とともに、国際社会に対して大きな役割を果たすことを期待する国々が増加してきた。時代とともに国連そのものの見直しと、組織のあり方についても色々な意見が各方面から上がっている。

 その一つとして国連の大切な任務である世界平和の構築と維持に関して、現在の五つの常任理事国は本来の役割を果たすことよりも、自国の国益を守るために拒否権を濫用し続けてきている。日本をはじめ、インド、ブラジル、ドイツなどが新たに常任理事国として加わるべきだという意見が一時的には盛り上がり、日本政府もその気になって外交を展開していたが、今はそのような積極的働きが見えない。私はこの政府の援助のあり方の再検討は、国連における日本に相応しい地位を獲得するためにも積極的に、そして効果的に使うべきであると思う。

 日本は外国に対しての金銭的な援助のみならず、諸外国に対し高度な技術の提供や人材育成にも多大な貢献をしている。しかし、中国の孔子学園やフランスの日仏学院、イギリスのブリティッシュ・カウンシルなどのような活動に日本は十分に重みを置いていないように思う。

 確かに、かつて自民党は元NHKアナウンサーの磯村尚徳氏を1991年の都知事選に自民党候補者として担ぎ出し、結果として落選したため、自民党が用意したパリの日本文化会館の館長に就任させた。2005年までは脚光を浴び、ふんだんな予算も提供されたと記憶している。しかし、その後はあまり話題にもなっていないようである。

 ロシアやインドなど世界各国の日本大使館のある所に数十箇所同様の文化センターがあると聞くが、十分に知られているとは思えない。この際、日本を諸外国に正しく理解してもらうことと同時に、日本が必要とする人材を育成するためにもこれらの文化センターをより充実し、日本固有の歴史、文化、言語の教育を徹底する活動を強化すべきである。日本は高齢化社会に向けて労働者不足で海外から70万人を導入しなければならないといわれているが、十分な日本に対する認識、知識も無く言葉もできない人々をただ賃金が安いからと言って受け入れ、不当な労働時間など強要することは却って反日外国人が増加することにつながり、決して建設的ではない。既に日本国内の一部のメディアではこのことを問題化している。

 日本の少子高齢化時代に向けて、国の発展のために諸外国の優秀な人材を登用し、彼らに十分な技術と経験を与えることで、祖国へ戻ってから役立つ人間を作ることは、双方にとって有益であることは言うまでもない。2020年のオリンピックに向けて、建築業などに諸外国から研修という名目で、低賃金の労働者を確保し、彼らの滞在期間を3年から5年に延長する方針が与党の中で議論されているようだが、私は一時しのぎのためのパッチワーク的な法改正などは問題の解決にはならず、日本は長期的展望でこの問題を考え実践することが極めて重要だと思う。

 今回のODAの再検討において国益という当たり前の言葉を、やっと日本国においても普通の国並みに考えるようになったのではないか。今まで国益という言葉そのものに嫌悪感のようなものを抱く人が多かった。特に自称リベラルな人々の中にそれがあったように思う。故に今回政府が思い切った形で国益を重視するという決断は、まさに安倍首相の言う積極的平和主義への一石となろう。

※世界日報(2015年2月23日付)掲載

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2014年9月 6日 (土)

安倍政権で自信が蘇る日本

アジアの平和に貢献を
インドと地域のリーダーに

 8月15日、日本武道館で69回目の終戦記念目の行事が天皇皇后両陛下のご臨席の下、厳かに執り行われた:私は安倍首相の「今日の
自本の平和と繁栄は先の戦争で尊い命を捧げた方々のお陰である」という趣旨のお言葉に、感銘を受けた。
一部の日本のマスコミで、アジアに対しての苦難と迷惑を掛けたことへの反省の言葉が無いと非難をするような記事もあるが、私は偽善的に日本が加害者であるかのように言う人よりも、安倍首相の言葉のほうに真実昧があるように思う。戦争があったことは事実であり、また日本人以外の人々も尊い命を矢ったことは紛れもない事実である。ただ、考え方によっては戦争は片方だけでできるものではなく、目本だけが責められ、日本が加害者であるかのような一方的な決めつけも良くないのではないか。
  安倍首相はまさに戦後生まれの総理であり、現在と未来に対して責任があっても過去に対しての責任は無いと思う。従って安倍首相の先輩たちに対する感謝の気持ちと。これから豊かで平和な社会を築き上げていく決意は心強い。私個人の意見としては、悟ったような顔をし、先の戦争に関して全て日本が悪かったと言って懺悔する政治家や学者の言葉には不信感を覚える。
過去の反省というのは様々な教訓を現在と未来に生かすことが大切であって、過去の人々の行いを現在の価値観と状況で裁くことには意味がないと思う:私はこれを機に、日本の人々が一方的な加害者的罪悪感から解放され、新しい時代と末来に対し歩み始めることが大切であると考える。
私が見る限り安倍首相が総理になって以来、多くの日本人の心に誇りと自信が蘇っている。現在の安倍体制がより安定的な長期政権になれば、日本はアジアのリーダー格として日本国の繁栄と発展のみならず、アジアの発展と繁栄、世界の平和に大きな貢献ができる国になるだろう。
  新聞紙上には安倍内閣の改造に関する記事が出始めており、報道の仕方は派閥問題や政権争いの題材のようになっている。例えば、石破幹事長を外して内閣に封じ込めることが次の総裁選の対抗馬としての石破潰しだというような見方は、安倍首椙に対しても失礼なことであり、石破氏に対しても失礼な言い方である。
勿論、政治家である以上、権力のトップに立ってこの国を良くしようという気持ちを持つことは当然である。だが、それは自分の国を良くし、国民を幸せにするためであって、目的と手段を区別できないような安倍首相ではないと思う。石破氏にしても同様であろう。従って、次の内閣は国益を最優先し、適材適所に有能な人物を配置することによって、現在、安倍首柑が進めている政策が、より強いチームによってひとつずつ具現化することを期待したい。天下国家のことを考える上において1年2年3年は短い時間である。だから焦る必要は全くない。
聞くところによると福田康夫元首租が中国へ行って習近平主席と会い、日中関係の促進に努力しているようである。元首相として長老として、国境を越えてのステーツマンとしての高次元から世界の流れを見、それまでの人間関係などをフル活用して世界の平和のために尽くすことは素晴らしいことである。
 だが、同時に政権の一員として役割と権限がない以上、他国に対し何らかの譲歩をする立場にもなければ、自国に対しても安易に譲歩するような誘導を行うことは慎むべきことであろう。
特に敵に対し焦りを見せることは決して良いことではない。今の中国は激しい政権闘争の中にあり、その行方を静かに見守り、慎重に行動しても遅くはない。中国問題と北朝鮮問題は、焦らず諦めず誠意を持って毅然たる態度で臨むことは極めて重要であると考える。
8月15日は日本の終戦記念日であると同時にインド独立記念日でもある。イギリスはインドが独立する際、意図的に日本の終戦記念日を選んだのではないかという説もある。しかし、それを裏付けるような文献は今のところ見当たらない。ただ私自身が知っているのは、長い間、駐日本インド大使館は独立記念日はできるだけ在日インド人によって国旗掲揚式を大使館で行うといった内輪での祝賀会に抑えてきた。
その代わり、桜の満開の時期に桜パーティーを日本の各界の方々をお招きして盛大に行っている。これはインドによる日本に対する気配りである。インドのモディ新首相が31目から4日間の日程で日本を訪問することになっている。親日的インドのモディ首相は個人的にも日本を極めて重視し、日本との関係の深化に強い意欲を示している。安倍首相とは互いに信頼と友情の土台ができており、両首脳はこれを機に日印関係の協力を2国間のためのみならずアジアの安全保障にも貢献するような実績を作るだろうと確信しているが、メディアはいまひとつクールである。
 アメリカが同盟国である日本を差し置いて、中国との2大大国論をぶち上げている今、日印はお互いに補完しながらアジアのリーダーとして地域に貢献するためのパートナーとしての基盤をこの機に磐石にして欲しい。

※『世界日報』(2014年8月24日付)より転載。





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2014年5月 3日 (土)

中国の船舶差し押さえ問題

共同声明を再確認せよ
意図的に企てた関係の悪化

 1936年に日本の海運会社に船舶を貸し出した中国の船舶会社の親族が、未払いの賃貸料などを求め訴訟した裁判を巡り、中国上海市の上海海事法院は19日、海運会社の流れを汲む日本の海運大手商船三が所有する貨物船を1隻、漸江省の港で差し押さえた。このニュースに日本のマスコミも世論も冷静であるようだが、私は大変大きな問題であるように思う。
  最近、中国はあの手この手で日本に対し過去の様々な事件、事故を掘り返していちゃもんを付け、挑発行為を繰り返している。私的な感情として今回のような非常識な裁判沙汰は有り得るとしても、中国政府の一機関である裁判所がこのような訴訟を取り上げたこと自体、大きな問題であるように感じる。
 1972年9月29日、日本国政府を代表し時の総理大臣田中角栄氏と中華人民共和国国務委員総理の周恩来氏は、9項目にわたる国交正常化に関する共同声明を発表している。特に第9条においては「日本国政府及び中華人民共和国政府は両国の関係を一層発展させ、人的往来を拡大するため必要に応じ、また既存の民間取り決めをも考慮しつつ貿易、海運、航空、漁業との事項に関する協定の締結を目的として交渉を行うことに合意した」と声明に盛り込んでいた。
 実際、今日まで両国は様々な問題に関し、広範囲の分野において協議し条約などを締結してきた。しかしここで言う、民間の取り決めの中でさえも今回の問題のような事項について問題視されていたということは聞いたことが無い。つまり、この両国の政治のトップの責任者の合意以外、日本国は誠心誠意というより、私の個人的見一解としては必要以上に中国側に譲歩し続けてきたように思う。その日本の善意を逆手に取って、その後無理難題を押し付けられても、歴代の日本内閣は中国との関係を配慮し、良識的な国民の批判にも耐えてきた。だが、この数年の中国の民間の名を借りた様々な訴訟の試みは明らかに誰かが意図的に両国の関係悪化を企て、日本への嫌がらせを継続的に行っているように思う。その中には日本に対する賠償請求などが表面化して来ている。
 ここでもう一度、田中角栄首相と周恩来総理の日中共同声明を再確認すべきであろう。勿論、私自身は最初からこの声明文に対しては批判的な立場を取ってきた。だが、2国間の関係において権限を持っている立場の人間が、互いに約束したことを世界に発表したものである以上、それなりの効力を持つべきである。ここで特に双方が第1、第5、第6項目を再認識すべきである。第1項目は「日本国と中華人民共和国との間のこれまでの不正常な状態はこの共同声明が発出される日に終了する」と書いてある。つまり、この声明をもって両国の関係においでの諸々の問題は全て解決し、それまで異常であった状態が正常になったと認識している。
 第5項目は「中華人民共和国政府は日中両国民の友好のために、日本国に対する戦争賠償の請求を放棄することを宣言する」と明記している。つまり、最近になって日本国が過去に行った戦争の責任追及や賠償金請求は明らかに約束違反である。日本はこの声明に基づき献身的に中国に対し、金銭的技術的援助を行ってきている。今日の中国の経済成長も高い技術水準も日本国の誠意に基づく献身的な協力無しでは成し得なかったであろう。
 第6項目は「日本国政府及び中華人民共和国政府は、主権及び領土保全の相互尊重、相互不可侵、内政に対する相互不干渉、平等及び互恵並びに平和共存の諸原則の基礎の上に、両国間の恒久的な平和友好関係を確立することに合意する。両政府は右の諸原則及び国際連合憲章の原則に基づき、日本国及び中国が相互関係においてすべての紛争を平和的手段により解決し、武力または武力による威嚇に訴えないことを確認する」と誓っている。しかしながら、最近中国の方から度重なる日本国の領海・領空侵害があり、漁船を模した形で実際日本の固有の領土に足を踏み入れ、自国の旗まで勝手に立てようとした。
 かつて、平和共存の原則を基礎にして…などと言ったのも根本から否定され、周恩来首相とインドのネール首相のイニシアティブでバンドン会議などでも再確認された平和五原則の、それこそ基礎と言うべき内政不干渉に関しても、日本国民と日本国の根本的な信仰と伝統的価値観に基づく靖国神社への日本国政府首脳の参拝にまで、口出しを始めている。
 また、どこの国も自国の教育に関する権利を持っているにもかかわらず、中国は不当にも干渉し始めている。以前題目のように唱えていた、「友好」という言葉は消え去り、謝罪の要求と内政干渉的な発言を連発している。今回の商船三井の船舶差し押さえもその一環である。
  友好親善というものは、双方にその意思があり互いに配慮・努力して成るものであって、片方だけの善意で成り立つものではない。伊達政宗公の言葉にあるように「礼も過ぎれば、へつらいとなる」を思い起こし、日本国民と日本政府は今回の問題に対し、毅然とした態度を示すことが肝心である。

※『世界日報』(2014年4月27日付)より転載。

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2014年2月28日 (金)

天地人の条件揃う日印関係

深い信頼感示すインド
半永久的な結びつきが可能


 日印関係がより一層進化した。昨年日月末からロ月の初めにおける今上陛下、皇后陛下のインド公式ご訪問に続き、今年1月初日には安倍首相がインド政府のご招待で主賓として独立記念日に出席された。これはインド政府としては極めて近い国々に対する特別待遇であり、インド政府が国内外に対し日本の重要性と日印関係の良好さを示すものであった。
 世界日報のこの紙面で長い間日印関係の重要性を訴え続けてきた私としては、この上ない喜びである。この両国は地政学的に考えても、互いに関係を強化することは理にかなっている。また歴史的・伝統的・文化的にも強い結びつきを持っており、特に両国の関係において互いに憎悪を抱いた過去はない。
 ただ残念なことに冷戦構造をはじめいくつかの要因により、その潜在的力を両国の関係に発揮できなかった。しかし、冷戦構造の崩壊と両国を取り巻く環境の変化において、今両民族、両国は互いの重要性を認識し始めている。特に日本国民と政府が中国に抱いていた幻想が、中国の行いによって現実に目覚めさせられていることが大きな要因のひとつになっているのではないだろうか。日印両国はともに中国と領土、領海の問題を抱えており、中国によって主権を侵されるという現実に直面している。
 今回の安倍首相のインド訪問の際、両国の安全保障に関わる首相補佐官同士が意見交換をしたと報道された。内容については知る由もないが、このような地位の担当者同士が形式ではなく、実務的に面会したということが中国をはじめ対外的に立派なメッセージを発信したことになる。
 また、インド政府はアルナチャルプラデシュ州の開発に関しても日本の協力を要請したと聞く。この地域はインドの安全保障上極めて重要な地域であり、長い間簡単に外国人が自由に出入りできなかった。以前、アジア開発銀行がこの地域の開発に協力した時、身勝手な中国は猛烈に反対したことがある。
 このような繊細な地域において、日本に対しインドが協力を要請していたとすれば、
これはインド側としては大変な信頼と長期的な友好関係を前提としたものであると認識すべきであろう。政府の直接協力は勿論、両国政府の慎重な計画と合意に基づき、日本の民間からの協力も有効に行うべきである。
 私は子供の頃、ヒマラヤの山を越え、このアルナチャルプラデシュ州で再び命を拾ったような経験をしている。特にこの地域にはチベット仏教、チベット文化圏など日本人にとっても馴染みやすい要素が沢山ある。
 日本とインドの関係は一政権や一時的な国際環境に左右されるようなものではなく、半永久的な強い結びつきで両国が共存共栄する関係として確立してもらいたい。そのためこの好機を逃さず、政府レベルのみならず民間レベルでの関係に力を注ぎ、民間外交を積極的に推進すべきであると考える。
 その側面から言うと、仏教発祥の地であるインドと日本の関係において、仏教界の役割と責任が大きいように思う。かつて日中関係が一時的に盛り上がった時、毛沢東の文化大革命においてことごとく破壊されたものを復興・復元するにあたって日本の仏教関係者は積極的に惜しみない協力をした。しかし残念ながらそれは中国の観光促進に役立ったかもしれないが、中国の仏教精神の復興にはさほど役に立っていないし、ましてや日中友好の永遠の絆にも役に立っているとも思えない。
 また、竹の子のように発生した姉妹都市や友好団体も一方的に日本からのギブ・アンド・ギブで、ギブ・アンド・テイクの状況は作れなかったように思う。しかし、インドの場合にはギブ・アンド・ギブではなく、ギブ・アンド・テイクの形でお互いに最初から互いのメリットとデメリットを補えるような関係を作れば、誇り高いインド人は精一杯日本人の善意に応えようとするだろう。
 勿論、物事の過程においてはインドのほうが理屈っぽく、面倒さい面もあるだろうが、ヒューニズムの精神はインドのほうに残っていると私は思う。具体的な民間交流として留学生の交換、観光の促進、中小企業の技術交流を中央政府は勿論のこと、各大学や地方自治体そして経済団体は長的計画として促進すべきである考えている。
 最近、日本もインドを重視し有能な大使を派遣している。そ象徴的な方が斎木外務次官(元ンド大使)である。インド側は私が知る範囲だけでも2名の元大使と2名の元次席大使が外務官僚のトップ、すなわち外務次官になった。「天の時、地の利、人の和」が時代を変える条件としているが、今、日本とインドにおいてまさにその条件が揃いつつある思う。
 日印関係は一総理大臣、一政権を越えて行うべきことであり、その基礎は変わらないと確信しているが、今の安倍首相の情熱とインドの重要性に対する理解は高く評価すべきであろう。インドは現在、既に来年の総選挙に向かって熱くなっているが、どの政党がどの人物が政権をとるにしても日本に対する基本的な考えは変わることがないだろう。  ※『世界日報』(2014年2月24日付)より転載

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