日本論

2014年7月20日 (日)

祖国を愛せなくした日本人

続く世論のミスリード
目に余る愛国主義は中韓に

 今、日本中の人々がワールドカップに夢中になっている。特に日本代表の試合になると惜しみない応援をしていた。帰化日本人である私の家内も懸命に日本選手を応援していたようである。私は日本人が日本を応援することは極めて自然なことなので、そのことについて苦言を呈するつもりは全くない。むしろその反対で、なぜ日本人は情熱的に祖国のサッカー選手を応援できるのに、祖国を懸命に外敵から守ろうとする安倍首相を応援できないのかということに疑問を感じる。
 サッカーの試合で自国を愛することは本能であろうが、国を愛することに関しては極端な理性を持ち込んで抑止しようとする精神構造は、やはり戦後日本の教育のせいであるのではないかと思う。国を愛する=右翼、右翼=軍国主義・悪人という図式が多くの日本人の頭の中に刷り込まれており、それは特に評論家やコメンテーターとして活躍しているかつての学生運動の革命家の残留兵の中に多く、未だに20世紀の冷戦構造から頭が切り替わらずに世論をミスリードしているように思う。
 相変わらず中国は日本の領海、領空を侵しつつあり、最近は特に頭に乗って日本の自衛隊を挑発するようになっている。相手は日本のことをよく知り、現状では自分たちがある程度挑発しても日本はそれに対し応酬できないことを十分に承知しているからである。言葉を変えるならば完全に嘗められているのである。
 しかし、このような事態でも野党は勿論、公明党や自民党の中に安倍首相が提唱している集団的自衛権の行使に反対している人がいる。彼らは現在の世界情勢を全く把握していないか、あるいは意図的に祖国を売り渡し相手にへつらい、おべっかを使って、自分を売り込もうとしているような感じすら受ける。
 サッカーの試合にしても、常識はずれの野次を飛ばしたり、乱闘をすることは下品で有り、非常識的な行為として周囲の支持も得られない。同様に極端な民族主義は自己破滅を招く以外の何ものでもないが、国を愛すること自体は健全な精神であり国際社会においては当たり前のものとして受けとめられるだろう。日本だけが愛国主義=右傾化、右傾化=軍国主義という解釈をするほうが私は異常ではないかと思う。
 特に愛国主義を国民に半強制的に押しつけ、政治の不満を回避するための媒体として使っている中国や韓国のような愛国主義こそ不健全のみならず、危険極まるものであると考える。日本のコメンテーターや評論家たちは安倍首相を批判する前にまず中国、あるいは韓国が目に余る愛国主義を煽っていることに目を向け、ひとこと苦言を呈すべきではないかと思う。
 私は学生時代、新橋の駅前で日本愛国党の赤尾敏氏の演説を聞くことで、日本語の勉強をかねて日本の政治について一生懸命習おうとしたことがある。赤尾敏氏は政治家個人を名指しで批判したりしていたが、それは堂々としたものであった。私もそれを見習って必要に応じて名指しで特定の国や団体、人物を批判している。だが、本人の前で言えないこと、根拠の無いことは言わないように努めている。
 かつて私は野中広務自民党幹事長を何度か名指しで批判したことがある。私は特に自民党が公明党と組んだことに対し、いくつかの問題点を指摘したことがある。勿論、同氏の過剰な中国に対するサービス、例えば中国の留学生に限った多額のボケットマネーと豪華な住まいなどの提供について不満をぶちまけたことがある。
 ある経済学者を介し、野中氏から2回ほどご馳走になったことがある。私のような浅学非才の者に対し、時間を割いて直接耳を貸してくださったことには感謝の気持ちを持っている。私はご本人の前で普段言っていることを申し上げたところ、注意深く聞いてくださった。ただ、その後の同氏の言動を見ていると焼け石に水だったことがわかった。
 そのような意味で、今回の東京都議会における女性議員への野次は内容も不適切であるし、すぐに名乗り出なかったことを見ると卑怯にも見え不健全である。本来、議会制民主主義においてタイミングよく、内容のある野次をユーモアを交えて飛ばすことは、討論の活性化に寄与し、政治家本人の評価にもつながるものである。政治家の原点は自分の言動に責任を持つということである。
 このたびインドの新しい首相となったモディ氏は、自分の党の所属議員を集め、八つの訓示を与えた。その中で彼はよく勉強し、丁寧に諸委員会に出席し、勉強した成果を十分に活かせるように努めること、また自分に対しても他のリーダーたちに対してもへつらうことなく一議員として言動を重視し、議員としての尊厳を見失わないようにし、常に選挙民の声に耳を傾けることなどを訓示した。日本の議員の方々も自分の言動に責任を持つことが議員としての最低限の義務として自覚することが望まれている。

 ※『世界日報』(2014年6月29日付)より転載。

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2012年8月 8日 (水)

[見聞録2012] 番外編・大好きな日本

◆心に響く「おかげさま」

 五つや六つの子供には過酷な逃避行だった。1959年3 月のチベット動乱でインドへ亡命したのは、地方の名士だった父がチベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世にどこまでもついていく覚悟だったから。共に 故地を後にした200人の同胞は死んだりはぐれたりして、インドに着いた時は20人になっていた。

 何不自由ない生活が一変する。難民キャンプで学校に通い英語も学んでいた少年ペマに支援の手が差し伸べられ、転機が訪れたのは65年のこと。来日して埼玉県内の中学・高校に通うことになったのだ。前年に東京オリンピックを経験した日本は、急速な経済成長で変貌を遂げ続けていた。まだ自宅には電話のない人も少なくなかったが。

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 「雑貨屋の店先に置かれた赤い公衆電話が、いつまでもそこにあることが不思議でしたよ。なぜ盗まれないんだろう、と」

 中学2年の時、社会科で満点を取って先生に褒められ、生徒会長になった。それが外国人では初めてだというので雑誌にも載る。だが、大切なことは教科書よりも周りの人を見て教えられたような気がする。

  「風邪で学校を休むと、同級生の母親が卵酒を届けてくれました。下校途中で農家のおばさんに挨拶すれば、首の手ぬぐいを外して丁寧な挨拶を返してくる。こ の国の人は精神的に豊かで、だから公共心が強いのだと思いました。あのころ最も感心したのは、毎日何度も聞いた言葉『おかげさま』。残念ながら、最近はあ まり聞かれなくなったような気がします」

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 「わがチベットに、まず民族自決権を!」--各種メディアで中国の姿勢を批判する国際政治学者ペマ・ ギャルポ(59)(桐蔭横浜大学教授)は舌鋒(ぜっぽう)、筆鋒ともに鋭い。ダライ・ラマ法王アジア・太平洋地区担当初代代表などを歴任した。昨年来日し た“幸せの国”ブータンの国王夫妻の通訳を務め、新著「ワンチュク国王から教わったこと」(PHP研究所)や中国批判本がよく読まれている。講演や寄稿の 依頼も増えた。

 仏教徒として「多くのお寺が若い人の求めに応えていない。夫婦げんかになったら相談に行ける場所、それが本来のお寺というもののはず。ま、チベット仏教に対する理解には今昔の感がありますがね。おかげさまで」。(敬称略)(編集委員 永井一顕)

※『読売新聞』(2012年7月12日付け)より転載。

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2012年5月30日 (水)

対談 「 護国なくして復興なし」 10 黄文雄×ペマ・ギャルポ

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『致知』(2012年6月号)より転載。画像をクリックするとポップアップウィンドウで閲覧できます。

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対談 「 護国なくして復興なし」 9 黄文雄×ペマ・ギャルポ

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対談 「 護国なくして復興なし」 8 黄文雄×ペマ・ギャルポ

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対談 「 護国なくして復興なし」 7 黄文雄×ペマ・ギャルポ

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対談 「 護国なくして復興なし」 6 黄文雄×ペマ・ギャルポ

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対談 「 護国なくして復興なし」 5 黄文雄×ペマ・ギャルポ

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対談 「 護国なくして復興なし」 3 黄文雄×ペマ・ギャルポ

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対談 「 護国なくして復興なし」 2 黄文雄×ペマ・ギャルポ

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