報道

2017年2月12日 (日)

アパホテル書籍問題

中国の不当干渉許すな

 中国政府が、アパホテルの客室に「南京大虐殺」や「慰安婦の強制連行」を否定する書籍が置 かれていることに、異常な反応を示している。
 「言論の自由」を無視して、同ホテルの利用中止を呼びかけるなど、「言論弾圧」「営業妨害」ともいえる行動を続けているのだ。中国に侵略されたチベット出身の国際政治学者ぺマ・ギャルポ氏が緊急寄稿した。

 中国外務省や国際観光局の報道官が、アバグループの元谷外志雄志代表の著書について、「歴史を正視しようとしない。正しい歴史観を教育しアジアの隣国の信頼を得るよう促す」「中国の観光客に対する公然とした挑発であり、旅行業の基本的モラルに反する」などといい、アバホテルの利用ボイコットや、旅行会社などに取り扱い中止を求めた、
 わが故郷・チベットを奪った中国が「正しい歴史観」「隣国の信頼」「モラル」などと主張するのは言語道断である。加えて、中国政府の言動は、日本に対する主権侵害、内政干渉であり、また個人の思想と言論に対する卑劣かつ不当な圧力であり弾圧である。
日本は中国と違って、個人の思想、表現、言論の自由が保障されている自由主義国であり、法治国家であり、成熟した民主主義国家である。さまざまなホテルの客室には、聖書や論語、仏教聖典などが置いてあるが、宿泊客には、それを読む自由も読まない自由もある。
元谷氏の著書は、「慰安安婦問題」や「南京大虐殺」に関する史実を理路整然と述べ、根拠のないウソをを正そうとしているに過ぎない。同様の指摘は、米ニューヨーク・タイムズや、英フィナンシャル・タイムズの東京支局長を歴任した、英国人ジャーナリス卜、ヘンリー・S・ストークス氏ちも著書『連合国戦勝史観の虚妄』(祥伝社新書)に記している。
 まさに、歴史を正視する姿勢であり、中国こそ歴史を正しく見る勇気と見識を持つべきだろう。今回の騒動で、私が驚き失望したのは、日本の一部メディアと識者、普段は「自由だ」「人権だ」と大騒ぎしている人々に対してだ。
 一部メディアや識者は、中国側の主張を大きく取り上げ、あたかもアパホテルだけに問題があるかのような発信をしていた。中国共産党の手先なのか。南京大虐殺は、朝日新聞の連載「中国の旅」で広まった。慰安婦問題と同様に、徹底的に検証すべきである。
 国会周辺で「言論の自由」や「人権を守れ」と叫んでい人々も、東京・元麻布の中国大使館前で抗議デモを行うべきだ。他国によって、日本の「言論の自由」が脅かされている。公平公正の姿勢をを示すことを願う。

※「夕刊フジ」(2017年1月31日付)に掲載

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2014年9月 4日 (木)

慰安婦問題  朝日の大罪

  

世界から軽蔑される見苦しさ
誠意も反省もない 

      

    朝日新聞・編集担当の杉浦信之氏が検証記事(5日)で書いた「私たちは元慰安婦の証言や少ない資料をもとに記事を書き続けました。そうして報じた記事の一部に、事実関係の誤りがあったことがわかりまいた」という文面を読み、私は一瞬、朝日の勇気と良識に敬意を表したい、という気持ちを抱いた。朝日が自らの過ちを自白することで、日韓関係を32年に渡って関係を悪化させてきた問題の源が消えたと思ったからだ。
  ところが、続く文章を読んで愕然とした。そこには、「問題の全体像がわからない段階で起きた誤りですが、裏付け取材が不十分だった点は反省します。似たような誤りは当時、国内の他のメディアや韓国メディアの記事にもありました」とあった。
  この文章からは全く誠意も反省も感じられない。
  私は、朝日の誤報によって韓国のナショナリズムを刺激し、日本の世論を二分し、世界中で日本と日本人のイメージを傷つけ、読者を欺いてきたことを、読者や国民、国家に謝罪する文章が続くことを想像していた。
  他社もやっていたから…という開き直りとも思える文章は、嘘を上塗りするものだ。真実を公正に伝える義務がある新聞社としては、世界から軽蔑されておかしくない。見苦しい弁明である。
   朝日は日本を代表する新聞社だ。もし、日本以外の民主主義国家で同じような「誤報」があったら、重大事件として世論はもっと大騒ぎする。読者は購読を止め、企業は広告を打ち切るだろう。
   私は、朝日と国会に次のことを提案したい。
   第1に、朝日は、国民をだまし続けてきたことを率直に認めて、すべての真相と謝罪の意を、自社の紙面だけでなく、他の国内メディアにも発表すべきである。今回の誤報は一部とはいえ、新聞社としては重大な過ちである。
   第2に、朝日は海外メディアに対して、誤報の訂正と自国のイメージを著しく傷つけたことへの反省の記者会見を行うべきである。誤報を根拠として発展した慰安婦問題の重大性と深刻性を認識すべきだ。
   第3に、国会は調査委員会を設置して、朝日の誤報と、河野洋平官房長官談話の関係などを、徹底的に解明すべきである。談話が誤報から生まれて、「慰安婦=性奴隷」「日本=悪」といった汚名が広がったとすれば大問題だ。韓国や中国も彼らの主張に自信があれば、日本の再調査を恐れる必要はないはずだ。

 ※『夕刊フジ』(2014年8月26日付)より転載。

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2012年11月19日 (月)

言論の自由と公益性

マスメディアは自戒を
不公正、不公平、乱用は遺憾

 言論の自由、出版の自由、表現の自由などが文章上にあっても、実際に許されていない中国などの現状から見ると日本の社会は羨ましいほど自由である。しかし、その自由が逆に弱者の意見や見解を弾圧するための道具になっているような現象もあるように思う。私たちが今日享受している言論出版などの自由は言うまでもなく多くの人々の命の犠牲の上に成り立っている。
 かつて、地球の自転を唱えるだけで酷い自にあった時代に比較すると、今日の自由は想像もできないほどの進歩である。ものを文章化したり、言葉を媒体として世間に影響を及ぼす立場の人間には大きな責任がある。従って現代の社会において、このような媒体を通して空活を営み、社会に対し大きな影響力を持っている人間は常に自分自身の言動がどのような影響を及ぼすかを考えることが大切であるはずだ。
 例えば、ジャイナ教の厳格な信者たちは虫が口に入って死なないようマスクのような覆いで口を隠している。また、外を歩く時もうっかり虫を踏み潰さないよう進む前の地面を掃きながら歩いていく。これは小さい命に対する配慮である。
 今の世の中、マスメディアは第四の権力と言われるほど巨大化している。例えば日本国内でNHKは象であるとすると、声無き人々は蟻のような存在に過ぎないかもしれない。国民から高額の受信料を徴収し、国を代表する立場で国内外から大きな信頼を得ており、その影響は更に一段と他のメディアに比較して大きいのは当然である。しかし、最近いくつかの出来事を通して私にはこの巨大なパワーを持ったNHKは公共電波を使う立場にありながら、思いやりと公正さに欠けるような行動が見られ、実に残念であると同時に真面目に一市民として受信料を払っている人間として腹立たしくも思う。
 その一つの例は、最近NHK の特別番組で中国4000 年の歴史を検証する…という趣旨の番組だった。その番組はまるで中国のプロパガンダのようなものであり、中華思想の片棒を担ぐため公共の電波を利用し、中国周辺の国々や民族の誇りと真実の歴史を踏みじるようなものであり、公平さも公正さも欠けていた。これに関わったプロデューサーやディレクターが意図的にそのようなことをしているとは思いたくないが、象が蟻を無意識に踏み潰しているように自分の巨大性を自覚していないか、または環境によってそうせざるを得ないような状況に陥っているとしか思えない。
 メディアの役割には真実を伝えること、社会に啓蒙し教育することなど様々な建設的な役割があることは言うまでも無い。そのような良いことができなくとも自分たちの言動によって社会にどのような影響を及ぼすかという責任を自覚することも大切ではないだろうか。
 勿論、NHKの全ての番組が無責任であるというのではない。例えば、自然や動物の生態などのドキュメンタリーなどを始め、今年度上半期に放映された『梅ちゃん先生』などは私も夢中になって観ており、私自身が日本に来た頃の日本人社会の温かみと人情あふれる人間同士のつながりなどを思い起こすと同時に、日本人の素晴らしさを改めて思い起こすことができた。
 しかし、社会に対する影響力及び教育の側面からいうと、『梅ちゃん先生』の後の『純と愛』は私の主観的な感想としては、主役は凜々しく可愛いが、その言動はややもすれば社会にとっては、特に若者に対する影響力から考えると有害な要素があるという以外に的確に表現できないのは残念である。「梅ちゃん先生」の言動が「静」であるとすれば、「純」の言動は「動」である。従来、日本をはじめ、我々東洋の精神は「静」であって、怒りや苛立ちなどを浄化て対処していたのに対し、西洋ハリウッド文化が象徴するような「動」の文化は苛立ちを破壊や爆発で発散させようとしており、私はやはり前者の対応の方が本来日本の文化ではないかと思う。
 言葉にも言霊つまり魂があり、使う言葉によってその人間の性格が構築され、周囲に発する波動も平和的になったり、或いは好戦的になったりもする。例えば人間は長い間、親を尊敬の対象として社会の秩序を維持してきた。従って、お父様、お母様というような表現を使うことで尊敬と感謝の念を表してきた。当然、人聞に生まれた以上、本能的な親子の聞の愛情は簡単に消せないが、その親に対し「おまえ」というのと「お父様」というのでは当人たちの人間関係においても、周囲に対しても発する言葉で波長が変化する。対等対立の文化と協調・調和の雰囲気が自ずと作られていくのではないだろうか。
 私は、国家から法的に守られ言論・思想などの自由を最大限活用して生きていけるこの社会を築き上げた先達に感謝するとともに、この社会にその自由を乱用しないように、言語を通して表現し情報を発信し人々に大きな影響を持つ個人や団体は自ら律することを切に願っている。

※『世界日報』(2012年10月31日付)より転載。

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産経抄  「中国の侵略主義に対抗する政策」を紹介

 チベット文化研究所名誉所長のペマ・ギャルポ氏が月刊誌『教育再生』に巻頭言を寄せている。「中国の侵略主義に対抗する政策」という、領土問題での日本人へのアドバイスである。中でも興味深いのは、領土や主権に対する日本人と中国人の意識の違いだ ▼中国では徹底した領土拡張主義の教育が浸透し、自信を持って自国の理屈を唱える。これに対し日本は、専門家でさえも他人事のように自国の主権に関わる問題を語る。しかも「恥ずかしくなるくらいに地球市民を気取っているのが情けない」と述べる ▼見事なご指摘と感心ばかりしてはおれない。専門家どころか、外相経験者の前原誠司国家戦略担当相までが領土問題を「他人事」と見ているようだからだ。民放の番組収録で、石原慎太郎東京都知事の尖閣購入計画を批判したという発言からそう思えた ▼前原氏は「石原氏が(購入を)言い出さなかったら問題は起きていない」と述べた。中国の反日はそのせいだというのだ。だが中国はそれ以前から尖閣への攻勢を強めていた。これに対する政府の無策を見かねて購入計画を打ちだしたのだ ▼前原氏は、石原氏と野田佳彦首相の会談で石原氏が「戦争も辞せず」みたいな話をしたことを明かしたそうだ。だがそれを批判するなら戦争の代わりにどうやって尖閣を守るかを語るべきだ。そうしないなら「他人事」であることを露呈したにすぎない ▼日露戦争前夜、黒岩涙香は主宰する新聞でけんかの最中に賊に入られた夫婦が力を合わせて退ける話を例に存亡の危機の不毛な論争を戒めた。領土が脅かされているとき、政府要人が祖国ではなく国内に批判の矛先を向ける。中国の思うツボである。

(産経新聞2012年10月14日付)

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2009年3月28日 (土)

チベットー闇に葬られた五十年 半世紀の苦難語り対話を強調

ダライ・ラマ14世の甥が講演

 一九五九年のチベット民族蜂起から今月で五十年を迎え、「チベット自由人権日本百人委員会」主催の講演会「チベットー闇に葬られた五十年」が十六日、東京都千代田区のアルカディア市ヶ谷・私学会館で開かれた。ダライ・ラマ十四世の甥でチベット亡命政府議会議員のケドゥープ・トゥンドゥップ氏が来日講演し、半世紀に及ぶチベット人の苦難や当事者としてかかわってきた中国政府との対話の経緯などを語った。

21_03_24  トゥンドゥップ氏は父親がダライ・ラマ十四世の実兄で、三十年前に始まったチベットの代表団と中国政府との対話に最初期から参加している。同氏は、一九七九年の会談で当時の中国指導者・鄧小平氏が「独立以外の何事も話し合いで解決できる」と語った事実を紹介。しかし後に数回の対話を経て、ダライ・ラマ側が中国の憲法内で要求したチベットの非武装地帯化や伝統文化・宗教の維持などの諸間題が改善されないことや、昨年中国政府が七九年の鄧小平氏の発言を撤回したことに憂慮を表明。国際社会の圧力による「対話のための対話」ではなく、現実的成果を生む対話の必要性を強調した。

 また近年は青蔵鉄道の開通に伴い大量の中国人がチベットに移住していることにも触れ、「チベット人が最も恐れているのは自国の中で少数民族化されていくこと」と指摘。「九九%のチベット人は今もダライ・ラマ法王を支持し、帰りを待っている」と述懐するとともに「チベット人には民族自決権をもって自分たちの将来を決める権利がある」と主張した。

 さらに「中国の人民にダライ・ラマ法王の考えを知ってもらうことが大切」と述べ、今後十年間には問題解決に向けた多くの機会が生じるとの見方を示し「皆さんの継続的な支援が必要」と訴えた。当日はこのほか、第二次大戦下のチベットの貴重な未公開映像を収めた映画「チベット、消し去られた風景一九四二─四三」も上映された。

 同委員会は昨年発足したチベット支援団体で、国会議長・総理大臣経験者、現役の国会議員・地方議員、学者、僧侶、ジャーナリストなど二百五十人以上で構成される。

※『中外日報』(平成21年3月24日付)より転載。

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2009年3月25日 (水)

理想郷を目指す戦い

▼独紙フランクフルター・ルントシャウ(三月十日)

 チベットから亡命して五十年、ダライ・ラマ十四世は一段と威厳を備え、人気が高まり、対談の相手として求められている。中国は全く別の宣伝を繰り広げているが、国内でしか役に立っていない。チベットの精神的指導者としての彼のイメージは輝きを増している。

Img041  ダライ・ラマの賛美者たちは、純粋な精神性、柔和な宗教性、包み込むような寛容性と人間性を口にする。その脊景には、物質優位の文明と対立するものとしての失われた理想郷、シャングリラという考え方がある。ジェームズ・ヒルトンが八十六年前に書いた「失われた地平線」はチベットのどこかにある。

 シャングリラが善意の偽りであることは以前から明白である。中国解放軍が占拠する以前のチベットも決して至福の国ではなかった。封建的で、僧侶とラマが支配する貧しい国であった。しかし、北京の宣伝機関が描く野蛮な奴隷社会でもなかった。

 中国の宣伝機関は物質的な進歩を引き合いに出す。確かに、道路や鉄道が敷かれ、病院、学校、大学ができた。五百万人のチベット族の生活水準は十二億人の漢民族に近づいたが、同時に同化も進んだ。それが否定的なイメージを生んでいる、今日の中国は未来のチベットである。

それが問題の核心だ。文明の劣る近隣の民族は中国文化を取り入れよ、というのが、政治色が違っても、何千年来の漢民族の考え方である。

 この考え方は(チベットや、イスラム色の強い西部の)独自の高度な文化を否定し、民俗的な枠内でのみ自治を許す、というものだ。経済から言語まで統合し、別の現代化は許さない、という立場である。

 これは決して中国だけの特殊な例ではないが、ダライ・ラマは真の自治を求めている。真の自治は、連邦化や民主主義の下でのみ司能なことであり、ダライ・ラマの存命中にその希望は満たされそうにない。しかし、その願いはその後も残るだろう。

※『世界日報』(平成21年3月17日付より転載)

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伝統文化破壊、家族奪われた 中国の植民地支配を批判

チベット臨時政府議会議員 ケドゥープ氏が講演

 来日中のチベット臨時政府議会議員ケドゥープ・トゥンドゥップ氏は十六日、都内の会館で「チベットー闇に葬られた五十年」をテーマに講演した。主催はチベット自由人権日本百人委員会(小田村四郎委員長)で、学者や僧侶など約百八十人が集まった。

Img040  まずケドゥープ氏は「北京政府は地上の楽園と言い、一方でダライ・ラマは地上の地獄だ」と言っているチベットの半世紀を回顧し、「一九五九年の動乱以後、チベットにあった六千以上もの寺院は一握りの寺院しか残らず、民族の自決権を奪われた植民地支配下において、伝統文化を破壊され家族を奪われた」とし、中国政府の力による抑圧体制を批判した。

 また一九九〇年に北京を訪問したケドゥープ氏は、胡錦濤氏と会見した際の秘話も披露。「なぜ一九八九年、武力弾圧したのか」と尋ねた時、胡錦濤氏は「私は手を縛られていた。北京に伺いを立てると、弾圧しろという命令だった」という。

 そしてケドゥープ氏は個人的見解として「中国の統治下のチベットに住むことはできない」とし、「行くべき道は完全独立しかない」と述べた上で、「ダライ・ラマ十四世が死去した後には、北京政府は自分たちが次のダライ・ラマを任命すると言っているが、チベット人がこれを受け入れることはない」と断言した。

※『世界日報』(平成21年3月17日付より転載)

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進む中国の抑圧体制と軍事基地化 対テロ部隊ら20万人追加配備

チベット臨時政府議会議員 ケドゥープ・トゥンドゥップ氏に聞く

 チベット動乱五十周年を迎える中、チベット臨時政府議会議員でダライ・ラマ法王の甥のケドゥープ・トゥンドゥップ氏は十三日、本紙のインタビューに応じ、①チベット駐留の中国人民解放軍は三十万人だが、先月から二十万人が追加配備され、五十万人態勢による強権的抑え込みに入っている②二〇〇六年に開通した青海省ゴルムドとラサを結ぶ青蔵鉄道には、核ミサイルを搭載した列車を収納するトンネル型格納庫が少なくとも九基ある──と述べ、力による抑圧体制強化と軍事基地化するチベットの現実に懸念を表明した。(聞き手・池永達夫)

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 ケドゥープ氏によると、先月二十五日のチベット正月や今月十日のチベット動乱五十周年、さらに十四日の騒乱一周年など、反政府感情が噴出しやすい時期を迎えたチベット人の抗議行動を抑えるため、人民解放軍は近隣の軍区から十七万人、さらに昨年、北京オリンピックでテロ対策などを担当した専門要員から成る治安維持部隊三万人をチベットに展開させた。

 こうした中国の対応について、同氏は「そもそも人民解放軍がチベットに配備されたのは、国境警備が主目的だったはずだが、いつの間にかチベット民衆弾圧のための武力装置に成り代わっている」と強く批判した。

 チベットでは今年、昨年三月の騒乱による犠牲者を悼み、チベット正月を祝わない「黒い年」(喪に服する年)が広まっているが、現金をばらまいたり軍の強制力を行使したりして、「アメとムチ」による正月祝賀を装わせたりしている。

 抑圧体制の現状については「北京政府は一年前の騒乱で九百五十三人を拘束し、七十六人が有罪判決を受けたと言っているが、現実はまだ六千人以上が拘束されたままだ」とし、「死刑を宣告されれば銃殺刑で使われた弾丸の代金も遺族に請求される」と、共産党政権の非情さを非難した。

青蔵鉄道 核ミサイル収納庫が9ヵ所

 また、同氏は中国がチベットの戦略的位置に着目している点を強調、「チベットには当初、インドに照準を合わせた固定式ミサイルが配備されていたが、青蔵鉄道が完成したことから現在では、列車に搭載した移動式核ミサイルを配備している」とし、核ミサイル搭載列車を収納するトンネル型格納庫が少なくとも九基あることを明らかにした。インドが独自ミサイル開発に力を入れているのも、このためとしている。

 ただ、チベット独立支持派のケドゥープ氏は、今後の対応については「今、やみくもに動いても圧倒的戦力を誇る軍によって弾圧されるだけであり、機が熟すのをじっくり待つ」として「待ちの戦略」を説いた。

 なお同氏は、東京・市ケ谷のアルカディア市ケ谷・私学会館で十六日午後六時から、映画「チベット、消し去られた風景1942-43」の上映後、「チベットー闇に葬られた50年」をテーマに講演する。主催はチベット自由人権日本100人委員会で、問い合わせは03(3445)9006。

ケドゥープ・トゥンドゥップ 1952年、インド・ダージリン生まれ。聖ヨハネ学校、デリー大学理学部数学科を卒業。サンフランシスコ州立大学でMBA(経営学修士)取得。現在、ダージリン・チベット難民自立センター所長。チベット臨時政府議会議員。

※『世界日報』(平成21年3月14日付より転載)

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2009年3月15日 (日)

ダライ・ラマ後継「真剣に議論を」

読売新聞 2009年3月15日付 国際面

 チベット仏教最高指導者ダライ・ラマ14世のおいで、亡命チベット代表者会議代議員のケドルゥプ・サンドップ氏(56)は13日、都内で本紙と会見した。ダライ・ラマは昨年、輪廻転生で
地位を受け継ぐダライ・ラマ制度の廃止に言及したが、同氏は「ダライ・ラマの死後を考えることは縁起でもない話だけに、自然と避けて議論が深まらない」と危機感を表明した。

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 同氏はダライ・ラマの真意について「中国の影響を排すためにも、チベット人自ら指導者選びを真剣に議論すべきとの意思表示だろう」と解説。
 一方、「先月(四川省で)僧侶が抗議の焼身自殺を図った。普通の人なら消火して助けるが、治安部隊は僧侶を銃撃した」と述べた。新華社は銃撃を否定する警察の証言を伝えたが、同氏は「チベット人は家畜同然」とした。(国際部野口賢志)

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2009年3月14日 (土)

「中国との対話は期待できない」

ダライ・ラマの “側近”


「独立を目指すべき」



産経ニュース 2009.3.14 19:31

 チベット仏教の最高指導者、ダライ・ラマ14世のおいで、チベット亡命政府議会議員のケドルーブ・ソンドップ氏 (57)は14日、都内で産経新聞と会見し、ダライ・ラマがチベット独立でなく自治拡大を目指す中道路線を堅持する方針を再確認したことについて、「中国 との対話は期待できない。独立を目指すべきだ」と反発した。

 ソンドップ氏はダライ・ラマの特別補佐官を務めたこともあり“側近”といえるが、中道路線を批判するのは、依然としてチベット内部でダライ・ラマの方針に不満が残っていることを示している。

 世界各地の亡命チベット人は昨年11月、インド・ダラムサラで開いた特別会議で、今後の活動方針として中道路線の継続するとの勧告をまとめていた。

 しかし、ソンドップ氏によると、この際、ダライ・ラマの方針に従うとしたのは全体の50%で、他の30%が独立を支持、残りの20%がどちらといえないというものだった。つまり、半数はダライ・ラマの方針に距離を置く結果が出ていたという。

 これについて、ソンドップ氏は「中国はこの50年間、ウソばかりついてきた。信用できない。この結果は、ダライ・ラマに反対するというより、中国への不信感への表れだ」と指摘している。

 ソンドップ氏は16日、都内で開かれる「チベット自由人権日本100人委員会」(電話03・3445・9005)で講演するため来日した。


http://sankei.jp.msn.com/world/china/090314/chn0903141935002-n1.htm

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